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2017年10月16日 (月)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第8日目 シンゴンパ~ゴサインクンド

2014年11月6日
8日目。この日はシンゴンパから、一気に今回の最高地点で目的地でもある4,380mのゴサインクンドへ登る。
Dsc_0631 Dsc_0632 距離的には一日で行ける場所なものの、通常は途中のローレビナに1泊し高度順応するのだが、僕達は既にランタンへ行っていて身体が慣れているため大丈夫なのだ。
シンゴンパから少し登ると傾斜はなだらかになり、すぐに深い森の中に入ってゆく。
ここが3,000m近い高地だということが未だ信じられない。1時間半ほど歩くと、あっけなくチョランパティに着いてしまった。ここでミルクティーを飲み小休止。ここからゴサインクンド手前の峠までは、ずっと急な登りが続くのだ。
Dsc_0650 Dsc_0653 この辺りから森林限界。チョランパティからは一気に視界が開け、ランタンリルンからガネーシュヒマール、マナスル、果てはアンナプルナまでヒマラヤ山脈を一気に眺めることができるようになった。
この展望は、ヒマラヤでもそう見ることができない展望だと思う。
深い谷や単体の山での迫力ある姿はたくさん見られるのだが、ヒマラヤの山々は大きすぎ、山脈全体を眺める場所はクライミングか飛行機を除いてはそう無いのだ。
Dsc_0644 Dsc_0654 急な登り坂でも長く歩いて体が出来上がっているためか、あまり息切れも疲れも感じず、次の休憩地ラウレビナヤクに到着。ランタンに行かず直接ゴサインクンドへ登る場合はここで宿泊する。
宿からは前途ヒマラヤの大展望が、邪魔になるものが一切無く全て見渡せる。吹き曝しなので悪天候のときは大変そうだが、最高の立地にあるロッジだと思う。
Dsc_0670 Dsc_0675 ラウレビナヤクを出発しどんどん高度を上げてゆく。樹木の無い尾根は開放感抜群だ。背後のヒマラヤの大展望も、高くなるにつれ山肌が現れていきさらに美しくなってゆく。
11:30、ようやく急な登りがひと段落ついたチョウタラ(休憩地という意味)に到着した。
ここには大きな祠がひとつ建てられていて目印のようになっている。10年位前にタイ人が寄付して建てたものらしい。
Dsc_0686 Dsc_0697 北には先日歩いてきたランタンリルンの山並みが、さらに大きく迫り美しく横たわっている。
この辺りから雪が積もってきた。僕達がトレッキングに出発する前、カトマンズ周辺は雨が降っていたそうなので、その頃こちらでは雪が降っていたのだろう。
だいぶ溶けてはいたが、日陰にはまだかなり深く積もっていたので慎重に歩く。
峠を過ぎるとヒマラヤの展望は隠れ、代わりに幾つか湖が見えてきた。
Dsc_0724 Dsc_0727 言い伝えではこの周辺に108ヶ所(煩悩の数)の湖が点在しているとされ、ヒンドゥー教やチベット仏教ではそれぞれに神様が住んでいると言われている。大昔から聖地とされてきたのだそうだ。
実際は湖の数は70ヶ所くらいらしいが、それでもよくこんな高地の山の中にこれだけの湖ができたものである。
Dsc_0735 Dsc_0750_4 一番最初に姿を現した湖にはサラスワティ(弁財天)が住むとされており、住んだ湖の先にかなりの落差の滝が落ちている。
歩いていると神聖な気持ちになってくる。峠からは道もほぼフラットで歩きやすく気持ちがいい。
Dsc_0761
Dsc_0785
2番目に見えた湖は真っ黒で、その外見からバイラヴ(ヒンドゥーの破壊神)が住む湖とされている。
水の色が黒いのではなく、湖底の泥か岩が黒いのでそう見えるようだ。
その湖を横に見て、ガネーシャの彫刻が埋め込まれた大きな岩のある峠を越えると、目的地ゴサインクンドの宿が見えてきた。峠から一旦下がり、バジュラパーニの湖へ行く道を分けて
大きく登り返すと、最も大きな湖でシヴァ神が住むとされている聖地ゴサインクンドの湖に到着。13時過ぎには着いてしまった。
ゆっくり歩いたつもりでも、高度順応できているためか休憩をほとんど入れなかったため早かったのだろう。
早速宿に部屋をとりひと息ついた後、湖へ出掛けてみた。
さすが標高4,380mの高地に佇む湖だけあり、湖は驚くほど透き通っていた。昔の人々が神聖な場所と考えるのも頷ける。
一つ伝説が残っており、この湖の中にはシヴァ神を祀る遺跡が眠っており、そこから遠く60キロ南に下ったカトマンズまで水路が延びており、パタンの寺院の水場に湧き出ている、ということらしい。
確かに湖の中央辺りに、中州のような形で大きな岩のようなものが沈んでいるのが見える。確かめようがないが、これが遺跡だったとしても何の不思議もない。
大昔あった寺院が、地震か何かで湖ができて沈んでしまうなんてことはよくある話なのだ。
途中で摘んできたスンパティという現地でお香代わりに使う葉を焚き、一緒に歩いている友人と般若心経を唱えた。
その後、友人と嫁の二人は、なんとおもむろに湖へ入っていくではないか。
風は無く日が差しているとはいえ、気温は6℃。勿論水温は身を切るような冷たさなのだ。
僕も何とか膝までは入ってみたがあまりの冷たさにすぐ岸に上がってしまった。
二人はその冷たさに悲鳴をあげていたものの、手で湖水を身体に掛け慣らしながら、徐々に全身を沈めていく。
僕にしたら考えられない行為だった。いや僕も無理をすれば出来たと思うが、いくら聖なる地での沐浴とはいえ、冷えて風邪を引かないかとか、つい先々の影響を考えてしまう。
宿に戻り、冷えた身体をストーブで温めようとするが、団体客が占拠しており遠くで寒さを凌ぐしかなかった。
部屋のベッドの床は隙間があったのか冷たく、背中が寒い。翌朝、案の定嫁は風邪を引いてしまった。
その占拠していた団体客は、フランスから来ていて、カトマンズからヘランブーを経てここまで歩いてきたそうだ。以前僕が歩いたコースと逆コースだ。
歩いたから判るが、逆コースはひたすら暑い丘陵地帯の登りが続くうえ、最後はこのゴサインクンドへの峠を一気に登り詰めなければならず、かなり大変なコースなのだ。
何日かけたか判らないが、年配の方が多かったのによくここまで来れたなあと感心した。
9日目に続く。
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2017年7月14日 (金)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第7日目 トゥロシャブル~シンゴンパ

2014年11月5日
Dsc_0580 Dsc_0582 7日目。宿泊したトゥロシャブルの宿は尾根上の高台にあり、部屋にはバルコニーまで付いている
ホテルのような場所だった。早朝バルコニーに出てみると、西に見えるガネーシュヒマールの山々が紅く染まっていた。
簡単な朝食をとり、朝8時に出発。
Dsc_0588 目的地は聖地ゴサインクンド。この日から丸2日かけて2,000m以上の高度を登り返すことになる。
高度順応は充分できてはいるが、何せ登りだけなので、体力的に気をつけなければならないだろう。
またこの日の宿泊地シンゴンパでは友人と合流する手筈になっている。
この人は日本人だがカトマンズに住んでいて、これから行く聖地ゴサインクンドへお祈りに行きたかったそうで、
それならばと一緒に行くことになったのだ。たった3日の同行ではあるが楽しみだ。
Dsc_0595 Dsc_0609 村を出ると、樹林帯の急な登りがしばらく続く。左手には谷を隔てて大きな山が連なり、頂付近に小さく祠のようなものが見える。
ゴサインクンド入り口の祠だ。かなり上の方だし離れているので、あそこまで登らないといけないかと思うと、気が遠くなってくる。
Dsc_0603 Dsc_0602 ペースが一緒で、結果的に一緒に歩いていた外国人と知り合った。
イギリスから来た老夫婦で、20日かけて、ランタン~ゴサインクンド~ヘランブーと歩きカトマンズに戻るそうだ。
前回(2006年)に僕は同じコースを歩いたが、13日で歩けたことを考えると、ずいぶんゆっくりなペースだなと
思うが、ご年配だしマイペースでのんびり歩くのも悪くないなと思った。
ピーターラビットの作者ビクトリクス・ポターのギャラリーのすぐ近くに住んでいるとのこと。
娘さんがオックスフォード大にいて、なんと京都大に留学したこともあったそうな。
Dsc_0606 Dsc_0611 途中の一軒家で小休止した後、昼食予定のポプランまで一気に登り詰めた。振り返るとそれまで歩いてきたランタン谷
への渓谷と、ランタンリルンの巨大な白い山脈が一望できる。随分登ってきたものだ。
Dsc_0608 Dsc_0612 ポプランは峠の茶屋のようで、ランタンリルンの展望はもちろん、反対側のガネーシュヒマール山脈も見渡せる
休憩には最適な場所だ。ここで1時間ほどゆっくりと昼食。
ここから先はシンゴンパまでそう遠くないし、道も広く登りも緩くなる。急ぐことはない。
食事を取りながら、雄大なヒマラヤの景色を充分楽しんだ後、ぼちぼちと出発した。
道は大きな木の茂る深い森の中へ。この標高でこれだけの森があるのが不思議だ。気持ち良く歩けるのは有り難いが。
レッサーパンダがこの辺りに生息しているそうだが、残念ながら出会えなかった。
Dsc_0619 Dsc_0620 1時間ほどでシンゴンパ到着。ここには村の名前にもなった千手観音が祀られたお寺(シンゴンパ)と、
チーズファクトリーがある。チーズファクトリーはゾッキョとヤクの乳を混ぜて作っているのだそうで、ヤクの乳
だけで作る奥地のキャンジンゴンパのチーズよりは味が落ちるそうだが、街に近いため新鮮なチーズを供給できる
利点があるのだそうだ。
Dsc_0621 Dsc_0622 ここは森が開けて開放的な場所なのだが、朽ちた木々が最近までここに森があったことを教えてくれている。
何年か前に落雷による山火事があったのだそうだ。
午後3時頃に、村の宿に到着。待ち合わせていた友人は既に先に着いていた。馴染みのガイドさんも一緒だ。
それまでは夫婦二人の静かな山旅だったが、これからは賑やかに楽しくなるに違いない。楽しみだった。
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2017年2月 9日 (木)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第6日目 ラマホテル~トゥロシャブル

2014年11月4日

6日目。この日も来た道をひたすら戻る。午前中はほとんど休まず、一気に下山口近くのパイロまで戻った。面白みの無い長い長い下り坂だ。

Dsc_0499Dsc_0501登りと降りで時間の感覚が違うのか、よくこんな道を登ってきたものだと思うことがある。登るときはそんなに長い感じはしなかったのだが。

12時前にパイロ着。ここは両岸が切り立った断崖で、川幅の非常に狭い険しい谷間なのだが、少し温泉が湧き出しているらしい。丁度、ロッジの人が石を積んで浴槽を造っているところだった。

Dsc_0503Dsc_0509パイロから今日の目的地トゥロシャブルまではほんの少し。急な登りだが、もう集落は見えている。ランチはゆっくりすることにした。

外のベンチで寛いでいると、子猫が寄ってきて、そのうち僕の膝の上に乗ってしまった。ゴロゴロと丸くなってしまったので動くに動けない。

どかせばいいのだが、ネパールの猫は神様の僕であるねずみを追い回すことから、あまり可愛がられていない。そんな気持ちもあって少し躊躇ってしまうのだ。結局嫁さんが残したチーズで釣ってくれるのだが、1時間近くはこのままだった。

Dsc_0516Dsc_0520午後1時過ぎに出発。すぐに出発地シャブルベシとの分岐に着き、トゥロシャブルの村へ登ってゆく。ようやく来た道から新しい道へと入るわけだ。

分岐した先は、道が明らかに狭くなっており、村人以外はあまり使われていないようだった。ランタンからゴサインクンドへ向かう道はここしかないのだが、一緒に登るトレッカーは少ないのだろう。

この道は分岐するとさらに枝分かれしており、竹薮の中のため判りづらい。初めての場合は、ガイドかポーターを付けたほうが良いように思う。

Dsc_0525Dsc_0530と、先を歩いていたポーターのペンバ君が、上へ指差している。見上げると、またもハヌマンラングーンが3匹ほど枝に乗っているのが見えた。

今回は本当に動物と出会うことの多い年だ。長年ヒマラヤを歩いているが、ここまで多いのは初めてだった。普通はそう人間の前に現れることはないはずなのだ。

この翌年、この辺りが震源の大きな地震が起きたのだが、今思えばその予兆を感じ取っていたのだろうか。

Dsc_0534Dsc_05411時間半ほど急坂を登り、ようやく開けた平坦な場所へ出た。そこにあったバッティで小休止。谷を隔てた向こう側にトゥロシャブルが見える。だいぶ標高差も無くなってきた。もう少しだ。

Dsc_0543Dsc_0549_2谷の上流へ向かい、少し降ると大きな橋がある。結構な高さがあるので少し怖いが、対岸に渡り少し登ると村は目の前だ。

トゥロシャブルは尾根の上に作られた村で、この辺りでは最も規模の大きな村だと思う。立派なロッジもいくつか建てられていて、経済的にも豊かなようだ。電気も普通に使える。ガネーシュヒマールが綺麗に眺められるので、観光に力を入れているのかもしれない。

Dsc_0566Dsc_0575僕らもホテルのようなロッジに宿泊した。5日振りにホットシャワーを浴び、美味しい食事にありつけた。やけに美味しいし、他のトレッカーが食べている食事と明らかに違うので聞いてみたところ、なんと一緒に歩いているポーターのペンバ君が作ってくれていた。

ポーターなのに、ここまでしてくれて本当に感謝だ。良いポーターさんに恵まれたと思う。モモにテンツク、スプリングロール。ロキシ(ネパールのローカル焼酎)と共に、久々に贅沢なひとときを過ごすことができた。

7日目に続く。

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2016年9月 6日 (火)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第5日目 キャンジン・ゴンパ~ラマホテル

2014年11月2日
5日目。昨夜はさぞ寒かろうと思い、湯たんぽやカイロなど用意して眠ったのだが、むしろ暑くて眠れないくらいだった。小さなロッジだが、隙間風の入らないしっかりとした造りだったようだ。
朝食時、ここで8年前に撮った母子の写真を渡したいと思いポーターのペンバ君に聞いてみたのだが、ここには居らず今はランタン村に居るとのことだった。
Dsc_0404Dsc_0412 8:00にキャンジンゴンパを出発。天気は無風の快晴。一日多くここに滞在していたら、素晴らしいランタンリルンの姿を見ることができたろうと思う。これも縁だと思って諦めよう。
小川を流れる水は、所々凍っている。ロッジの部屋と違って外は大分寒かったようだ。
Dsc_0417Dsc_0419 雲ひとつ無い快晴のなか、気持ちよく来た道を戻る。ランタンまで急な坂道はほとんど無いので気分がいい。
時々ヤクの世話をする人や荷物を運び上げる人たちとすれ違いながら、あっという間にランタン村に着いてしまった。
Dsc_0431Dsc_0427 集落を通り過ぎ、下のロッジの集まるエリアを過ぎる。
8年前撮ってあげた母子はこの辺りに住んでいるというので教えてもらった新築の家を訪ねてみたところ、残念ながら留守のようだった。
向かいに小さなロッジがあり人が居たので、仕方なく消息を聞こうと休憩がてらそこに入らせてもらう。

Dsc_0438

Dsc_0444 写真を見せたところ、良く知っている人だったようで、とても驚いていた。
特にこの人なら託しても大丈夫そうだ。帰ってきたらこの写真を渡してもらうようお願いさせてもらった。子供の方は8年前の姿が新鮮だったのだろうか、懐かしそうに微笑みながら何かペンバ君に話をしていた。思い出話だろうか。
Dsc_0447Dsc_0449 宿の主人も喜んでくれたようで、特別に、と言ってシーバック(ヒマラヤのアセロラ)の生ジュースを入れて持って来てくれた。普通は薄めて砂糖を入れて出すそうなのだが、本当に絞りたてだそうだ。
これが凄く美味しい。爽やかな酸味と甘みで、一気に飲んでしまった。お礼に少し支払おうとしたが、サービスだといって受け取ってくれない。こんなに喜んでくれるとは思っていなかった。お礼を言って、ありがたくご好意に甘えさせていただいた。
Dsc_0456Dsc_0459 目的を達して気分良く出発。ランタンからは長い長い下り坂になる。登りほどの体力は使わないが、膝に負担をかけさせないよう、慎重に降る分地味に消耗していく。
ゴダタベラのロッジでランチ。1時間ほど休んだが結構足がだるくなってきていた。
Dsc_0462Dsc_0464 ランチから出発してすぐに森の中へ。この樹林帯に入ればこの日の目的地ラマホテルは近い。一日中ずっと降りだったので、足のため度々休憩をしながら降っていった。
森の中で何度目かの休憩中、ふと前を見ると丁度リスが食事をしているところだった。気付かれないように、そっと近付いて写真を撮ってみる。5mくらいが精一杯だった。
ラマホテルに着いた時間は午後4時頃だった。降りとはいえ、奥地キャンジンから一気にここまで歩けば結構長く感じる。
来るときに泊まったロッジは既に満室だった。仕方ないので他の宿も当たったが、ずべて満室。なんてこった。
Dsc_0479 3日前出発するとき、ロッジには予約しておいたのだが、やはり混雑時は来た人間から順に詰め込んでしまうようだ。山なので体調の変化などのスケジュール変更は日常茶飯事で、来るか来ないか判らない予約者よりも、目の前の泊まりたい客を入れるのはヒマラヤでは当然のことなのだ。
どうしてもここに泊まりたい場合は、ダイニングに寝かせてもらうかデポジットを払うか、ポーターさんに先行してもらい、部屋を確保してもらうしかない。
仕方ないので、次の集落へ向かってさらに歩くことにした。同じ道を戻っているので、来るときに道中いくつかロッジが点在していたのを知っていたからだ。
幸い、15分ほど歩いた1件目のロッジで部屋を確保することが出来た。途中何人も登ってくるトレッカーとすれ違ったのだが、どうなっているだろうか。
ロッジではドイツから来たという家族も泊まっていた。両親は僕らと同じくらいだろうか。子供達がやけに小さい。
聞けば3歳と5歳だそうで、5歳児は歩いて、3歳児はお父さんに背負われてこれから奥地へ登っていくのだそうだ。
親は大変かもしれないが、子供達にとっては素晴らしい経験となるに違いない。ちょっと羨ましかった。
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2016年3月 6日 (日)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第4日目 ランタン~キャンジン・ゴンパ

*ランタンは2015年4月25日のネパール大震災の際、上部の崩れた氷河が村に襲い掛かり、一瞬にして壊滅してしまいました。
現在は存在しない村です。在りし日を偲び、ここでは敢えて当時のままの日記を掲載します。

2014年11月2日

Dsc_0213Dsc_02228:05出発。ランタン村はおおよそ上村と下村に分かれていて、僕ら外国人の泊まるロッジのほとんどは下村の方にある。
上村は小さな石積みの家々が身を寄せ合うように集まっている、昔からの集落だ。
Dsc_0221Dsc_0223歩き始めてすぐに上村の集落に入っていく。人々の暮らしが垣間見えて、歩いていて楽しい。
乳牛の乳搾りをしている人もいた。この辺りは山羊やヤク、ゾッキョ(牛とヤクの掛け合わせ種)がほとんどなので珍しいと思う。
Dsc_0224_2Dsc_0225上村を過ぎると小さな沼地に出る。大きな広場になっていて、家畜を留めておくのに丁度良い場所のようだ。
沼地を過ぎ、一段高い丘を10mほど登りあげると、ランタン村全体が見渡せた。こう見ると理に適った場所にできた村だというのが判る。
Dsc_0228Dsc_0232道沿いは家畜止めのために石垣が積んであった。その小さな隙間から、かわいい小さな瞳が顔を覗かせてこちらを見ていた。
イタチの一種だろう。カメラを向けても逃げなかったので、人間を知らないのだろうか。
Dsc_0245Dsc_0246そのうち民家は見えなくなり、真ん中に積まれた古いマニ石が断続的に続く道になる。
小さい子供のヤクを横目に小さな集落を抜け、なだらかな坂道をどんどん歩いていく。左手はランタンリルンの切り立った断崖が大迫力で迫っていた。
シンドゥムという小さなバッティで小休止。周辺は牛や馬、ヤクなどが放牧されていた。
ここを過ぎた辺りから谷は開け始め、ヤラピークなどランタン谷の奥にある山々が目の前に見えてくる。
ちょっとした登り坂をひと登りで、大きなストゥーパがひとつ建てられている場所に着いた。
Dsc_0265Dsc_0267ここで集落へ行く道と、キャンジンゴンパへ直接行く道とに分かれている。僕達は集落へ向かう川沿いを選んだ。
右手奥の方には巨大な氷河が見え始める。これが見えてからは目的地に近いはずだ。
しかし標高が高いので、ペースを上げられずなかなか着かない。前回の印象ではすぐ着いたように思っていたのだが。
Dsc_0277Dsc_0272分岐からさらに1時間ほど歩き、昼頃ようやくキャンジンゴンパの集落に辿り着いた。
キャンジンゴンパは本来お寺の名前で、それがそのまま地名になった所だ。
ロッジのある集落はここが終点。周辺にはランタン谷の奥地、ランタンリルン氷河、ヤラピーク、キャンジン・リなど
Dsc_0284Dsc_0292見所がたくさんある。また距離が長くキャンピングしなければならないが、ここから南へ峠を越え、ヘランブーへと向かうルートもある。
トレッカーはここを基点にして、周辺を散策するのだ。そのため長く滞在する人が多いらしく、結構立派なロッジが軒を連ねていた。これまでの道沿いの宿とは対照的だ。
Dsc_0303Dsc_0346僕達は一番奥の、こじんまりとしたちょっと古いロッジに案内された。他の豪華なロッジに比べ(値段もそんなに変わらないし)どうかなと思ったが、宿の人たちはかなり親切で、いろいろ気を利かせてくれるいい宿だった。
やはり長年付き合いのあるポーターさんが薦めてくれるだけのことはある。場所よりも人なのだ。
Dsc_0306Dsc_0304ランチを食べて荷物を整理し軽装にして、キャンジンゴンパ裏の小さなピーク、キャンジン・リを目指して出発する。
余裕があれば他の見所を幾つか周ってみたいのだが、僕達はゴサインクンドへ向かうので、残念ながらこの一ヶ所だけ行き、翌日はもう引き返さなければならないのだ。
Dsc_0331Dsc_0351ギャンジン・リは、短時間の滞在で訪れるならばいちばんベストな選択だろうと思う。
半日で登れるのだが、その割には大迫力の展望でヒマラヤ、ランタン谷の素晴らしさを一度に味わえる。
とはいえそこはヒマラヤ、手軽な裏山とはいえ結構な長い登り坂を歩かなければならない。標高もそこそこ高いので、ペースも一段と遅くなる。
Dsc_0342Dsc_0345道幅は狭く、かなりの傾斜だ。午後になり風も強くなったので砂埃も凄い。
途中ベルギー人のカップルに追いついた。互いに励ましあいながら、一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりゆっくりと登ってゆく。
Dsc_0349Dsc_0352出発して2時間ほど経ったろうか。キャンジンゴンパの集落が足元に小さく見えてきた頃、ようやくピークが見えてきた。
そこからさらに30分、ようやくタルチョがはためくキャンジン・リのピークに到着した。
前回もここに来たが、やはり素晴らしい展望だった。
ランタン谷から南側の山脈は一望でき、東は奥のヤラピークの山頂がはっきりと見える。北側は名前は判らないが巨大な氷河が目の前に迫っていた。
残念だったのは西のランタンリルンに雲がかかっていたことだったが、それでもうっすらと見える山塊は迫力充分だ。
Dsc_0355Dsc_0353一緒に歩いたベルギー人と登頂を喜び合い、記念写真も撮り合った。
30分ほどの滞在して景観を充分楽しんだ後、下山開始。もう少し居たかったが、もの凄い風で身体が悴んできてしまったからだ。
下山は来た道と違い、キャンジンゴンパの集落目指して急下降した。足を滑らせたら滑り落ちてしまいそうなくらいの傾斜だ。確かに早いが、ここを登るのはさらに大変だろう。
登りの大変さは何だったのかと思うほど、あっけなく集落に着いてしまった。着いた場所は道がそのままゴンパに通じていたので、この足で訪れることにした。
Dsc_0360Dsc_0364キャンジン・ゴンパは、ここの地名にもなっているこの辺りでは最も古い最奥のゴンパ(お寺という意味)だ。
ポーターのペンバ君が管理人らしきおばあさんに話しかけてくれ、ゴンパの鍵を開けてもらった。
内部は前回撮影できたのだが、今は撮影禁止だそうだ。少々のお布施と蝋燭を着けてもらい、これからの旅の無事をお祈りさせていただいた。
Dsc_0371Dsc_0375ゴンパを出て宿へ戻る道すがら、大きなチーズファクトリーの前を通った。
この辺りは本来牧畜のための基地で、採れたヤクのミルクをチーズに加工して下界へ出荷している場所なのだ。
ヤクのミルクだけでチーズを造っている場所は珍しく、ほとんどはゾッキョ(ヤクと牛の掛け合わせ)のミルクを混ぜて
加工しているのだそうだ。
そのためヤクミルク100%のここのチーズは高値で取り引きされているらしい。
さらに、カトマンズまで運ぶには何日かかかるため、その間にチーズは大変臭くなってしまう(もちろん食べられるが)。
Dsc_0373Dsc_0366匂いの少ないフレッシュなヤクチーズを食べられるのは、この場所だけなのだ。
こんな機会はそう無いと思い、出来たてのチーズを分けてもらった。丁度村の親子が買いに来ていたところに立ち会えたのだ。
Dsc_0384Dsc_0391高価ではあったが、下界で買うのと比べたら有り得ないほど安かった。
量は一切れだけだったのだが、僕達だけでは食べきれず、残しておいても臭くなってしまうので、その夜宿のダイニングに
夕食で居合わせた人たちにも一緒に食べてもらった。
チーズは硬かったがさっぱりした味でタベ飽きず、本当に美味しかった。チャパティと合わせると最高だ。
食べてもらったドイツ人のカップルとペンバ君、宿のスタッフの人たちにも大好評だった。

5日目に続く。

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2016年2月26日 (金)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第3日目 ラマホテル~ランタン

2014年11月1日

簡単な朝食を済ませた後、7時45分にラマホテルを出発。

Dsc_0088Dsc_0100しばらく森の中の上り坂を進んでゆく。1時間ほど歩くと、木々の間から巨大なランタンリルンの峰々が顔をのぞかせた。今回初の、間近に迫るヒマラヤの展望だった。

そこからすぐに「リバーサイド」という場所に出る。文字通り川沿いに数件の宿があるだけの場所だ。

Dsc_0107Dsc_0105ここで小休止していると、対岸の木々に猿の集団がいるのに気がついた。尾の長いハヌマンラングーンという名前の猿らしい。

道は再び樹林帯の中へ入ってゆく。この辺りから谷間にも木漏れ日が入り始め、急に気温が上がり始める。

傾斜はきつくなっていき、崩落の跡らしい急峻な崖を何度かトラバースすると、ゴダタベラという場所に出た。

Dsc_0108Dsc_0109ここから背の高い木々は無くなり、一気に視界が広がる。この日の目的地のランタン村もよく見えるのだが、前回は見えてはいてもなかなか辿り着かなかった記憶がある。

この辺りは道すがらで馬や牛達が草を食み、開放感のある気持ちの良い場所だ。急な登りは度々あるものの、総じて歩きやすい。

この辺りでも、ハヌマンラングーンの群れに出くわした。人間を恐れないのか、結構近くまで寄ってきている。

Dsc_0112Dsc_0117マフラーを付けたような首周り、長い尻尾は特徴的だ。

昼食はツァンシャプという場所にした。ここにヤクのヨーグルト工房があると聞いていたのだが、残念ながら見つけられなかった。

Dsc_0124Dsc_0134ここからすぐに長い吊り橋を渡る。前回は無かったので、一度沢へ降り、川を渡って登り返したものだ。

この行程が無くなっただけでも、かなり楽だし時間が早くなって有難い。

Dsc_0143Dsc_0118いい加減ランタン村は近くに見えているのだが、なかなか到着しない。ヒマラヤではよくありがちなのだが距離感が
おかしくなってくるのだ。

だが振り返ればこれまで歩いてきた深い谷も見えているので、結構歩いているのが判る。

Dsc_0153Dsc_0160放牧されたヤクを横目に集落を何度か通り過ぎると、ようやくランタン村の下村入り口に到着した。宿まではもう一息だ。

ランタンはこの周辺ではいちばん大きな村で、主に牧畜とチーズの生産地として有名な場所だ。

世界一美しい谷として有名な「ランタン谷」の名前はもちろんここから来ている。意味は知らない。

Dsc_0162Dsc_0166谷間にある場所とはいえ幅が広く日差しがよく当たるので、人が暮らすには快適そうだ。

道の真ん中に水車で周しているマニウォールが建てられていた。

Dsc_0168Dsc_0175マニ車は水が流れている限りずっと周り続けるので、村の結界のような役割なのだろう。

前回泊まった宿はこのマニウォールのすぐ上の場所だったが、今回はさらに先に歩いた道沿いの宿だった。一緒に歩いているポーターのペンマ君のお勧めらしい。

Dsc_0182Dsc_0204ここにはソーラーを使ったホットシャワーがあった。久し振りに暖かいお湯で汚れを落とし、まだ早かったので夕陽が当たる中、外で子猫と遊びながらお茶を飲みゆっくりさせてもらった。

4日目に続く。

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2016年2月20日 (土)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第2日目 シャブルベシ~ラマホテル

2014年10月31日

朝食はチベタンブレッドにミルクティーをいただいたが、やっぱり美味しくなかった。材料をケチっているのか全て味が薄い。

Dsc_00258時、シャブルベシを出発。谷間なのでまだ朝日は差し込んでいなかったが、東の空の雲が光り輝いていた。雲に露出を合わせ撮影してみたら縞模様になっており、一体どんなことがあればこんな形になるのだろうと不思議に思った。

Dsc_0026Dsc_0028チベットへ向かう車道からを川側へ降る。右手にトラックの駐車場があったが、入り口に小さなプジャーの跡をみつけた。安全に戻れるために神様へお祈りしたのだろう。

ワイヤー製のつり橋が掛けられており、そこを渡るといよいよトレッキング開始だ。

Dsc_0033Dsc_0034川を渡るとすぐにシャブルベシの旧村の集落に入る。石を積み上げて創った、チベット様式の建物が多い。

村を抜けるとしばらく川沿いの樹林帯の中を進んでゆく。この辺りから日差しが入ってきて、急に温かくなってきた。

Dsc_0037Dsc_0038道の所々に麻の群生を見かける。日本ではまず見ることは無いが、この辺りでは普通に雑草として生えている。もっとも雑草で生えているような大麻は質が悪すぎて使われることは無いそうだが。

そのうち道は対岸へ渡り、すぐにドメンという2件のロッジに着いた。

Dsc_0043Dsc_0047すぐ後ろには大きな滝が落ちている。日本ではちょっとした滝も名前は付いているものだが、ヒマラヤではそういった習慣は無いようだ。

ここで小休止。朝食のミルクティーが美味しくなかったので、口直しにここでもミルクティーをお願いしてみた。思ったとおりの味なので安心する。

15分ほどで出発。樹林帯の中を進むと、すぐにランタンとトゥロシャブルへの分岐に出た。

Dsc_0049Dsc_0051僕達は後日ランタンからここまで戻った後、この道をトゥロシャブル方面へ向かうことになっている。

ランタン方面へ向かうと、すぐに川原に出た。そこから崖に張り付くようにロッジが何件か見える。

Dsc_0053パイロという場所で、地図では温泉があると書いてあるが、どこにあるのかは人に聞いても判らなかった。ここの宿のテラスからは、後日行くことになる分岐の先のトゥロシャブルの集落が顔を覗かせていた。

さらに深い樹林帯の中を登っていく。道は日陰なので、時折急な登りはあるものの比較的歩きやい。川面は崖のはるか下まで離れているが、対岸はすぐ近くまで迫っている。つまりクレバスのように深い谷底のようになっていた。

Dsc_0054その対岸の崖には、ジャングルハニーの大きな巣がいくつも張り付いていた。ジャングルハニーは強烈な強壮効果を持つハチミツで、昔から地元の人々の栄養剤として珍重されてきたものだ。

見たとおり採取には大変な危険と労力が必要なので、なかなか手に入らないし、偽物も多い。

Dsc_0055Dsc_0057そこから1時間ほど歩くと何重もの大きな長い滝が、大きな音を立てて対岸で流れ落ちている。やはり名前は無い。

その滝が後方へ下がる頃、バンブーと呼ばれる集落に出た。外国人が名付けた地名なのだろうが、由来するような竹はどこにも見当たらない。

ちょっと早いが、ここで昼食にする。見晴らしの良さから川原の席を選んだが、日差しが強かったので日陰にした方が良かった。

Dsc_0063Dsc_0064オーダーしたスパゲティのナポリタンは、食べられないことはないがかなり大味。さらに量が多く、食べ切ったもののお腹が苦しくなってしまった。

13時過ぎにバンブーを出発。深い森の中をひたすら登る。やがて道は対岸へ渡り、勢いよく流れる川のすぐ脇を登ってゆく。途中姿を現してくれたリスが、疲れを癒してくれた。

Dsc_0067Dsc_0071急坂をひと登りでリムチェといわれる小さな集落に出た。ここからこの日の目的地ラマホテルまでは15分ほどの距離だったので、先を急ぐことにする。

リムチェからラマホテルまでは比較的フラットで歩きやすい道。15時過ぎにあっけなく到着した。

Dsc_0077Dsc_0076ラマホテルという場所は最初そういう名前の宿が一軒あっただけだったものが、次第に宿が増えていきそのまま地名になったそうだ。

僕達は手前から2件目の宿「シェルパロッジ」に部屋を借りた。

満室だった最初の宿は、2006年に訪れた際に泊まったことがある。そのとき僕は深夜大変な胃痛に襲われて寝られず、宿の人を起こして薬をいただいたことがあった。

建物は変わっていないので、あれから8年経っているとはあまり感じられなかった。

3日目に続く。

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2015年8月 8日 (土)

2014年 ネパールトレッキング ランタン~ゴサインクンド 第1日目 カトマンドゥ~シャブルベシ

 2015年4月25日、ネパールにて大規模な地震が発生しました。
 被害にあわれたネパールの方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申し上げます。
 僕が今回訪れたランタン谷はトレッキングルートの中でも被害が最も酷く、ランタンリルンに被さる氷河が崩れ、真下にあったランタン村は一瞬にして飲み込まれました。
 村は消滅。滞在した外国人も含め250人近い犠牲者が出てしまいました。現在このエリアは外国人の入域は禁止されています。
 いずれ解除されるかもしれませんが、復旧までには暫く時間がかかりそうです。
 僕は地震のほぼ半年前に、このエリアを訪れました。
 現在は存在していない箇所も多くあると思いますが、当時存在した素朴でのどかな土地を忘れないため、敢えて当時の日記をそのまま書き記していこうと思います。
 2014年10月30日
 トレッキング第1日目。早朝6時半、迎えに来てくれたシェルパのガイドで友人のナワンさん、ポーターのペンバ君と共にホテルを出発。
 まずはカトマンズ北にあるニューバスバークの入り口を目指した。7時45分発、登山口であるシャブルベシ行きの乗り合いジープに乗るためだ。
 今回はナワンさんは途中から合流、前半のランタン谷はペンバ君だけ一緒に行くことにした。
 僕は一度このエリアを歩いたことがあるし、トレッキング自体は経験ある方だったので、荷物を運んでくれて道が判るくらいの人が一人いれば充分だったからだ。
 ジープは乗り合いなので、当然乗せるだけ乗せる。日本のように 規制があるわけもない。6人乗りの車に10人も詰め込まれた。屋根には荷物が満載。一人は犬を抱えている。
 これで7時間近く走るのだ。山の荒れた道をすごいスピードで。ちょっと怖いかもしれないが、ローカルバスよりは遥かにましなのである。少なくともエアコンは効いているし、早く到着できるからだ。
 ローカルバスはあまりにも遅く、そして高温多湿、排気ガスも窓から入ってくる。登り始める前に体を壊してしまう。それでもコレしかなければ、使うしかないのだが。
 ジープは予定通り出発した。だが、以前走った道とは違う道を使っていた。最近開通した道のようで、そちらの方が幾分近くなるらしい。
 カトマンズからポカラ、インド方面へ向かう幹線道を峠を越えてしばらく降 る。3時間は走っただろうか、小さな川がかなり大きくなってきた辺りで道を折れ、細い道へ入っていった。
Dsc_0002 トリスリという街で昼食。ダルバートを食べる。美味しいが値段はそこそこしたので、一般のネパール人はあまり使わなそうだ。
 トリスリから先は道は細くなり、急な山道をジグザグにどんどん登っていく。山道といっても山の斜面は全体にわたって農地と民家が点在しているので、田舎のあぜ道をどんどん奥に進んでいくような感じだ。
 驚いたのは(もう8年前になるが)以前走ったときは砂利道だけだったのに、今は道はほとんど舗装され、かなり快適になっていたことだ。
 この分なら、今日の目的地まですぐに着きそうだ・・・と思っていても、そうはうまくいかないのがネパールという場所なのだ。
Dsc_0004Dsc_0014 ジグザグの道を登り切り、ようやく傾斜が緩い尾根にさしかかると、道は急に砂利道の悪路に変わってしまった。その先は大渋滞。
 何事かと前を見たら、なんと崖崩れが起きていて、応急的に重機で道を造っているところだった。どうやらつい何時間か前に土砂崩れが起きてしまったようで、急遽応急的に土砂を取り除いているところだったようだ。
 しばらく車内で待っていたが、埒があかないので一度外に出て、工事現場を見に行ってみた。なんと稼動していた重機は日本のコマツ製のものだった。
Dsc_0008Dsc_0013 こんな所にまで日本のものが入っているというのはちょっと感慨深いが、この光景を見ていると、なんだか遠くに来ている実感が湧かない。
 1時間半ほどでようやく道は開通した。順次 連なっていた車が通り過ぎて行くが、僕らの車の3台前のトラックが立ち往生。またもや道を塞いでしまった。
Dsc_0016Dsc_0017 再度コマツの重機出動。トラックをワイヤーでくくりつけ引っ張り、無事脱出。
 さて、自分も車に乗り込もう・・・と思ったら、自分達のジープが僕の前を通り過ぎ、どんどん先に行ってしまうではないか。
 駆け足で後を追う。300mは走っただろうか、ようやく車は止まってくれて、僕らを乗せてくれた。何故乗せてくれなかったのか聞いてみたら、ぬかるみで止まってしまうと嵌って動けなくなる恐れがあったからだそうだ。ちょっと焦ったが、確かにそのとおりだろう。
Dsc_0019 トータル2時間ほどロスしてしまった。道は舗装道に戻ったので、ジープはこれまでの遅れを取り戻すかのように、山道とは思えぬほどすごいスピードで突 っ走ってゆく。
 15分ほどでチェックポストのあるドゥンチェへ到着した。ここでパスポートとパーミットをチェックする。いよいよランタン国立公園に入ってゆくのだ。
 ドゥンチェは聖地ゴサインクンドの登山口なので結構賑っていた。特にお祭りの時期は一度に数千人もこの小さな街に押し寄せることもあるのだそうだ。僕達も帰りはここが下山口となる。
 一緒に乗ってきた現地のおばちゃん達はここでお別れ。ここから登山口シャブルベシまでは僕達だけの貸切ジープだ・・・と思ったら、若いお姉ちゃんが3人乗り込んできた。やはり乗せられるときは可能な限り乗せるのだ。良くしゃべるお姉ちゃん達だったが、あと1時間足らずなので退屈せずに行けるだろう。
 道はここも舗装されていた。怖い 箇所は無かったが、崩れやすい斜面に道を造っているので、断崖に雨季の時期は状況は一変するだろう。ここを訪れる際はやはり乾季(10月~)が良いと思う。
 ジグザグの道を降り、川沿いに登っていくと、あっという間にシャブルベシ到着。
Dsc_0020Dsc_0021 時間は16時半だった。工事の足止めが無ければ、昼2時前には着いていたろう。ヒマラヤにしては短いドライブだ。
 宿泊したホテルは、「ヤラピークゲストハウス」という簡素な宿だった。窓に隙間があるようで、明りをつけていると小さな虫が寄ってくる。虫除けや蚊取りスプレーが役に立った。
 夕食のダルバートも薄味であまり美味しくなかったが、登山口というのはえてしてこんなものかもしれない。山のロッジに期待しよう。
2日目に続く。

2015年5月 9日 (土)

展示会のお知らせ

展示会のお知らせ
萩原壮平 第12回
ヒマラヤの旅 写真展
ネパール・ランタン地方 ヒマラヤの自然・人々の営み

 昨年11月、奇しくも被災地となってしまったランタン~ゴサインクンドを、カメラに収めてきました。本来あった美しい自然と、人々の営みをご覧いただき、被災された地域に想いを寄せるきっかけとなりましたら幸いです。
 ネットショップにて紹介している法具類やアクセサリー、曼荼羅、雑貨類も展示販売いたします。
ぜひご高覧くださいませ。

今回の展示会では、支援の一環として展示会の売り上げの一部を寄付させていただき、募金活動も合わせて行います。
                

展示会の様子がNHKにて紹介されました。
                  5月8日 ほっと群馬640
                  5月9日 おはよう日本
NHK NEWS WEB :
震災前のネパール収めた写真展


会場 茶房ギャラリー 千楽
                  〒370-0041
群馬県高崎市東貝沢町1-18-14
*クリックするとYahoo!地図を表示します。
TEL : 027-362-0181

会期 2015年5月6日(水) ~ 20日(水)
10:30 ~ 18:30 月曜定休

2015年4月14日 (火)

2013年 インド ラダックヒマラヤ マルカバレートレッキング 第7日目最終日 チョクドゥ~シャンシュミド

トレッキング最終日。下山口までは1時間ちょっとの行程なので、ゆっくりと出発した。

Dsc_0737Dsc_0738今まで降りてきた道を振り返ると、よく一日でここまで降れたものだと思う。昨日の峠は、この場所から遥か見上げる山の頂よりもさらに上にあったのだ。

道は最初人と馬が歩けるほどの幅しかなかったが、しばらくすると急に拡がり、車でも走れるほどの広さに変わった。ここまでは重機が入ったようだ。

Dsc_0739Dsc_0741この辺りから川幅が広がり、空も広くなってくる。フラットで歩きやすい道を気持ち良く歩いていると、あっという間に下山口シャン・シュミドに到着してしまった。

シャン・シュミドには既にチャーターした車が待っていてくれていた。

Dsc_0743Dsc_0746荷物を降ろし、ドライバーさん、馬子さん達も一緒にお茶を飲みひと息入れる。

馬子さんとはここでお別れ。蹄鉄を替えるのをお手伝いした後、僕たちは礼を言って車で出発した。

Dsc_0751Dsc_0747昼前に到着し時間はたくさんあったので、帰りは道中にあるゴンパに立ち寄りながらレーの街へと戻ることにする。なんと下山口からレーまで、車道は全て舗装されていた。

立ち寄ったゴンパは、へミス・ゴンパ、ティクセ・ゴンパ、シェイ・ゴンパ。

これらはトレッキングではなく、単純に観光として訪れただけなので箇条書きに紹介させていただく。

インダス川沿いに佇むスタクナ・ゴンパは、残念ながら時間的に難しく近くで写真を撮影するだけになった。

帰ってきた僕たちはさらに3日ほどレーに滞在した後、一路ネパールへ向かった。

訪れたラダックのゴンパ(寺院)や遺跡

Dsc_0058Dsc_0064レー王宮
レー市街を見下ろす山腹にそびえる巨大な城跡。
17世紀にセンゲ・ナムギャル王によって建立されたもので、ほぼ同時期に建てられたチベット・ラサの
ポタラ宮によく似ている。一説にはポタラ宮のモデルになったとも。
1999年から修復が進み、内部は簡単なミュージアムのようになっている。

Dsc_0005Dsc_0083ナムギャル・ツェモ・ゴンパ
レー王宮の上にあるチャンバ(弥勒菩薩)を祀ったゴンパ。背後に白い砦の遺跡が残っています。
ゴンパからはレーの街の全景を眺めることができ、タルチョ(祈祷旗)がはためくさまは感動的。

Dsc_0761Dsc_0756ヘミス・ゴンパ
レーから南東に45キロほど離れた山間にある、ラダックで最も有名なゴンパ。
17世紀、センゲ・ナムギャル王がラダック王家の導師タクツァン・レーパのために建立して以来、
王家の菩提寺として庇護されてきた。座主はドゥク派の管長でもあるドゥクチェン・リンポチェ。
巨大なチベット仏教創始者グル・リンポチェ(パドマサンババ)像などが祀られている。

Dsc_0786スタクナ・ゴンパ
16世紀~17世紀初頭の頃に、ブータンから招かれた高僧のために建立されたとされる、ドゥク派に
属するゴンパ。インダス川に沿った小高い丘に建てられた姿は絵画のように美しく印象的。
内部は古くから伝わる仏像や壁画、タンカなどが多数あり、重厚な雰囲気だ。

Dsc_0796Dsc_0788ティクセ・ゴンパ
レーの南東約19キロにある、ラダックを象徴する勇壮な佇まいのゴンパ。岩山の中腹に無数の僧房が
ひしめく姿は圧巻。ゲルク派の開祖ツォンカパの弟子チャンセム・シェラブ・サンボの甥にあたる
パルデン・シェラブ・サンボによって、15世紀に建立された。座主はティクセ・カンポ・リンポチェ。
現在100人ほどの僧侶が在籍しているほか、ゴンパ内の学校で4~50人の少年僧が学んでいる。
高さ15メートルにもなる巨大なチャンバ(弥勒菩薩)像が祀られており、端正な顔立ちで人気を集めている。

Dsc_0834Dsc_0832シェイ・カル / ゴンパ
レーの南東約15キロにある王宮跡。17世紀頃にデルタン・ナムギャル王が、父センゲ・ナムギャル王
の供養のために建立された。王宮は修復が進み、内部中央には高さ10メートルほどのシャキャムニ
(釈迦如来)像が祀られたゴンパがある。ゴンパ内部の壁には当時のままの壁画が手付かずで
残されており、当時の信仰の様子が判る重要な資料となっている。

● 最後に、ラダックのアクセスを簡単にアドバイスさせていただく。

*2013年時点の情報なので、実際に訪れる際は確認してください。

Dsc_0021ラダック地方へのアクセス
インド、デリーの空港で国際線から国内線へ乗り継ぎ、早朝に飛ぶ便でラダック中心地レーまで1時間半程で到着。
夏季5月~10月はほぼ毎日運行しているが、冬季や天候により変動するので事前に確認のこと。
インドなので観光ビザが必要。インド大使館参照。

レーへの便は早朝発がほとんどなので、もしあれば深夜着の国際線が乗り換えにスムーズかもしれない。
中途半端に遅いと、何も無い待ち合いロビーで何時間も待つことになってしまい、大変疲れる。
或いは余裕を持ってデリーに入り、1~2日後に出発しても負担が無く良いと思う。

陸路では夏季限定で道が開くが、デリーから丸3日かかるうえ4~5,000mの峠を4箇所も越えねばならず、お勧めできない。

また、飛行機でも最初に降り立つレーの標高は3,200mあり、高山病の心配がある。
1~2日はなるべく出歩かず、ゆっくりと過ごした方が負担は少なくなる。

個人で行く場合、デリーへの航空券はどこでも簡単に手に入るが、レーへの国内線の調達は、日本では限られている。さらに発券後24時間以内に料金を振り込まなければキャンセルされてしまうので注意。

私は航空券のみ「西遊旅行のキャラバンデスク」でお世話になった。

また、ラダックでの観光やトレッキングは、現地の旅行会社へ依頼したほうがスムーズかつ安い。

私がお世話になった旅行会社は、
「Hidden Himalaya(ヒドゥン・ヒマラヤ)」
http://zanskar.jimdo.com/
ご主人がザンスカール人、奥さんが日本人の旅行会社。
親身になってアレンジしてくれ、対応もしっかりしている。

標高が高いので、朝晩は夏でも相当冷え込む。防寒対策は万全に。

両替はレーの中心街の銀行にて。

電力事情は悪く、停電が頻繁に起こる。インターネット環境もWifiを繋げる宿やレストランは多いが、繋がりにくい。

冬季(10月末~3月)はかなり冷え込み、水道管も凍ってしまうため、宿やレストランも休業状態になる。営業しているホテルは1軒のみ。峠は閉鎖され、飛行機の便数も極端に少ない。お勧めしない時期だが、チャダルトレック(凍った川を遡ってザンスカールを目指すトレッキング)をするのならば、この季節に行かなければならない。

ベストシーズンは7~8月で、お祭りがいちばん多く行われる収穫の季節だ。次回はぜひこの時期に訪れ、ザンスカールを目指したいと思っている。

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