フォト
無料ブログはココログ

« 2011年1月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月25日 (金)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 3日目 タル~ティマン

2010年10月3日。
Annapurna2010small021_2Annapurna2010small023  タルの村を7:30に出発。この辺りまで来ると朝はだいぶ冷え込んでくる。息が白かった。
村の外れに3つの塚とマニ車をはめ込んだ門がある。チベット文化圏に入った証拠だ。
このエリアは、ヒンドゥーのネワール文化圏からチベット文化圏へ変化する過程を日を追って見られるので、結構楽しい。
Annapurna2010small024Annapurna2010small022  少し歩くと、道は崖を登り始めた。いつもの道が川に流されたので急遽崖を削って作られた道
だそうだ。下は激流が下り、道幅は狭く日本では絶対通行禁止になるような道だが、ネパールでは普通に荷を乗せたキャラバン隊や小さい子供たちが行き来している。
対岸は車道の下地作りなのか、断崖の真ん中辺りを作業員らしき人々が一生懸命削っていた。この傾斜では車が通れるように広げるまでどれほどかかるのだろうか。
道は川沿いに戻り、激流のすぐ横を、所々小さな滝のしぶきを受けながら通過していく。
するとすぐ橋が見え対岸に渡る。ここでようやく、太陽の光に当たることができた。それまで寒く道に霜まではっていたが、急に暑くなり風が無ければ真夏のような陽気になる。ヒマラヤの中腹付近はいつもこんな感じだ。
Annapurna2010small025Annapurna2010small026  来ていた服を脱ぐために小休止していると、ものすごく大きく重たそうな荷物を背負ったポーターが橋を渡ってゆっくりゆっくり、歩いてきた。僕たちと同じ場所で休む。顔を見るとかなり老齢な感じに見えた。
聞いてみたら、なんと74歳なのだそうだ。「歩けなくなるまで仕事はするよ。」半分になった白い歯を見せて笑いながらそう答えてくれた。
Annapurna2010small027Annapurna2010small028  緩やかな上り坂を少し進むと、道はまた対岸へ。今回でいちばん長い橋だったかもしれない。
橋を渡ったカルテという集落は今回休憩せずに先に進んだ。
15分ほど進んで、またも対岸へ。11:30、橋を渡ってすぐにダラパニの集落に入る。
以前宿泊した宿も変わらず残っていた。ここで昼食にするつもりだったが、もう少し歩けば次の村だったのでもう少し我慢することにした。
集落の外れで小休止。だいぶ暑い。バッティで売っていたリンゴが本当に美味しい。このお店の小さな女の子と一緒に食べた。
対岸にも小さな集落が見える。この先の谷間をずっと進むと、マナスルへ行くそうだ。道は難しくないそうだがトレッキングにはキャンピングが必要で、個人で行くには費用がかかるのだが、いつか歩いてみたいコースだ。
Annapurna2010small029Annapurna2010small030  次の村まですぐ到着すると思っていたのだが、結構時間がかかってしまった。道は以前より広がっていたので歩きやすい。
12:30、バガールチャップ到着。入ってすぐ左手の宿で昼食。フライドライスが美味しかった。
時間が無いので食休みもそこそこに出発。坂道をどんどん進む。
Annapurna2010small031Annapurna2010small032  30分ほど歩いたところでダナキュウという集落に入る。坂道の道沿いに家が立ち並ぶのどかな村だ。
この辺りからマニウォールが見え始める。たまに気晴らしに手を出してマニ車を回転させながら、村を進む。
前回もそうだったが、この村は子供が多い気がする。
この辺りから振り返ると、マナスルの迫力ある山々が見え出すので感動的なのだが、残念ながら今回は曇っていて見えなかった。それどころか小雨が降りだしてきた。
Annapurna2010small035Annapurna2010small034  ダナキュウを過ぎると道は森の中に入る。以前の道は崩落していて使えないようだった。迂回するように左側へ入っていき、廃道になった古い道との分岐点を左に入っていくと、道は急に細く傾斜のある上り坂になる。
結構危なっかしい道なのだが、キャラバン隊も構わずここを通過している。よく事故など起きないものだ(起きてるかも)。急勾配の石段を登り続けること1時間、急に広くフラットな道に出た。
Annapurna2010small036Annapurna2010small037  以前から車道を作っていた場所だ。5年前も歩いたがあまり変わっていないところを見ると進捗はあまり良くないようだ。
広い道からまた山道の上り坂に変わる。以前はここに作業員の小さな小屋があるだけだったが、今年は2件のバッティが営業していた。お客はあまり来ていないようだったが。
この辺りまで背の高い樹木が茂った森だったが、バッティを過ぎた裏手から急に木がなくなった。
ここがティマンという村だ。雨は止んでいたが、代わりに霧が深くなっており、寒気が格段に増した。
16:30に到着し前回宿泊した宿と同じところに部屋を取る。
宿は変わっていなかったが、環境は格段に良くなっていた。
まず電気が来ていた。さらにガス湯沸かし器が入っていて、ホットシャワーが使えたのだ。
唯一残念だったのは、前回はカトマンズ帰りの元コックがスタッフに居て美味しいダルバートを食べられたのだが、今回は居なくて普通のダルバートだったことだ。いつかまたあのときのダルバートを食べてみたいものだが。

4日目に続く。

***************************

管理人のホームページ

Reset your compass

http://www.geocities.jp/ddngj018/

ネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

2011年3月11日 (金)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 2日目 ブルブレ~タル

2010年10月2日。
Annapurna2010small008Annapurna2010small007  この日は昨日の遅れを戻すため、通常より早く午前6時には宿を出発した。
ジープに乗り込みブルブレを出発するが、まもなく車道は昨日の荒れた道よりもさらに酷い道になった。
轍は深いわ傾斜は急だわぬかるんでいるわ、大きな岩が露出しているはで、ジープでなければ入れないという理由が良くわかった。
パジェロで入っていたら大変なことになっていただろう。車高の高いジープですら辛うじて通過できた所が何ヶ所もあった。
途中、トラックが立ち往生しており、さらに積んでいた荷が散乱していた。見る限りかなり無茶な積み方だったので、にっちもさっちも行かなくなってしまっているようだった。
Annapurna2010small009Annapurna2010small012  道のほとんどは断崖を無理やり削って作っているようだ。ただでさえ狭く酷い道なのに、上は崖崩れが怖いし、当然柵はないので下は落ちれば何百メートルも真っ逆さまだ。
並みのラリードライバーなど真っ青になるような道である。本当にネパール人は無茶するなあ。なんと何台か対向車とすれ違った。いずれも乗り合いのジープで、定員の倍以上の人数を詰め込んでいる。事故は怖くないのだろうか。神様が守っているから大丈夫だ、と彼らは言いそうだが。
Annapurna2010small010Annapurna2010small011  そう言っていた矢先、後日反対側のタトパニの方でジープが落ちて18人死んだ、というニュースを聞いた。やっぱり今後乗るには十分検討しなければならないな、と思った。
8:00にトレッキング出発点、シャンジェに到着。前回はここまで丸一日かけて歩いて行ったので、ずいぶん楽になったものである。
8年前に泊まった宿で朝食をとる。ボイルドエッグとチベタンブレッドだ。
9:30に出発。しばらく車道のために広げられた道を歩く。まだ車は入っていないが、時間の問題だろう。ただ雨季明け直後だったので、所々道が川のようになっており、裸足になって渡らなければならなかった。結構な水量でしかも痛いくらい冷たい。11月はそんなことなかったのに、1ヶ月違うだけでずいぶん違うんだな。ジャガットまではそんな道が続く。
Annapurna2010small014Annapurna2010small013  ジャガットで15分ほど休憩。ここから先は車道のため拡張された道と以前の道が交互になっていき、以前の道の割合が増えていく。
途中道の上から滝が降っている場所があり、濡れるのを覚悟で通過した。結構濡れてしまったが、10月でもこの辺りはまだ暑いのでちょっと楽しい。
いつの間にか道は以前の細い登山道に戻っており、深いマルシャンディ川の谷間を縫って歩いていく。対岸に巨大な滝や断崖に張り付くようにあるジャングルハニーの巣が見える。
このジャングルハニーの蜂蜜は本当に珍しく、採取には命がけ(断崖に命綱一つで降りる)だし、少量が取れるだけなのだそうだ。
Annapurna2010small015Annapurna2010small019  その代わり栄養価がとても高く、舐めると酔ってしまうほどらしい。食べ過ぎると死んでしまうこともあるそうで、それってどうなのだろうか?
チャムジェは以前と全く変わっていなかった。ちょっと安心する。
ここで昼食。ダルバートを食べる。この宿のチベット族のお姉さんは綺麗だった(笑)。
チャムジェから川岸に降り、対岸へ渡る。以前の橋は流されており、新しい丈夫な橋がかけられていた。確かに水量は多い。
橋を渡ったシャトレは周囲の林が切り開かれており、さっぱりした印象になった。
Annapurna2010small020Annapurna2010small017  道は緩い上り坂からだんだん急になり、登りきったら断崖を削ったフラットな道をトラバース。この辺りから雨が降ってきた。滑らないように慎重に歩く。
対岸は、工夫が車道を作るためにほぼ垂直の断崖を削っていた。前方に巨大な岩が聳え立っているのだが、これはどうするつもりなのだろうか?
Annapurna2010small016Annapurna2010small018  今日の目的地タルまでは、ここから昔大きな崩落があった場所をひと登りで到着する。手前に1件だけバッティ(茶店)が営業していたので小休止した後、ラストスパートをかける。
タルはこの崩落した土砂で川がせき止められ、堆積した土砂で出来た村だ。ほかの村には見られない開放感のある村だったのだが、今年訪れた時は以前の道が川に流されていてちょっと痛々しかった。
道は以前の道が無いので大きく迂回していた。泊まる宿は目の前に見えるのになかなか着かない。
ようやく到着したのは、薄暗くなってきた18時前だった。雨は小雨になってきた。
少々肌寒い。だんだん高度が上がってきたからだ。まだ虫が多いが、だんだん少なくなっていくだろう。蚊はもういなくなっていた。
夕食はうどんのようなパスタ。味はイマイチだったが、空腹が良い調味料になった。

3日目に続く。

***************************

管理人のホームページ

Reset your compass

http://www.geocities.jp/ddngj018/

ネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

2011年3月 8日 (火)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 1日目 カトマンズ~ブルブレ

2010年10月1日。
チャーターしたパジェロに乗り、カトマンズを朝7時半に出発した。
アンナプルナ1周のコースは、引き返した年も入れれば4回目になるが、パジェロをチャーターしたのは初めてだった。
以前はガイドさんと二人で歩いていたので、ローカルバスに乗って8時間ほどかかって出発地へ行っていたのだが、今年は総勢7人のトレッキングになったためだ。

アンナプルナは自分にとっては結構因縁のある場所に思う(自業自得だが)。
1度目(02年)は食中毒になって引き返した(今思えは2月なのでトロンパスも閉鎖されていたと思う)。
2度目(03年)はカメラを壊し、一応1周したものの完全ではなく、最後はベニという街に降りてきてしまった。
3度目(05年)にようやく、18日かけて1周できた。
だが、翌年からカメラをデジタルに変えたため、アンナプルナの風景はぜひいつかデジタルに残そうと思っていた。
ようやくその機会を得られたわけだ。

Annapurna2010small001 今回はバスと違って早く目的地に到着するだろうと楽しみにしていたのだが、カトマンズを抜けてすぐのところで、とんでもない渋滞にひっかかってしまった。
たった3台の故障車が原因だった。山道なので道幅は狭く、おまけにインドからカトマンズへ至る道はこの道しかないためにこんなことになる。結局抜けるのに2時間かかった。

Annapurna2010small002Annapurna2010small003  おかげでアンナプルナ麓の町ベシサールに着いたのは14時になってしまった。順調に昼に到着できれば、トレッキング出発点シャンジェに今日中に行けたはずなのだが、ちょっと難しいようだ。
ベシサールから先は、とんでもない荒れた道だった。
日本では考えられない道(道とも呼べそうにない)でも、こちらでは車が通れれば構わず入ってしまっている。
Annapurna2010small005Annapurna2010small004  驚いたのは、パジェロでも何とか走れそうなレベルの道にも関わらず、ローカルバスが入っていたことだ。車高が高いので何とかなるのだろうか。何とかなっても、すぐに壊れてしまうレベルだと思うが。

車道はまだ続いていたが、この日はローカルバス終点のブルブレで宿泊することになった。
チャーターした車はこの先のシャンジェまでの契約だったが、ここまで道が荒れているとはこの運転手も想像していなかったようで、難色を示し始めていたためだ。
僕が以前ここを訪れた際はこの先に車道はできていなかったので、聞いてみたらこの先道はさらに荒れているらしい。パジェロも壊れてしまえば身も蓋もない。運転手の言い分も最もだ。
Annapurna2010small006 結局交渉の末、翌日早朝にさらに丈夫なジープをチャーターして向かうことになった。

ブルブレで宿泊した宿は、以前宿泊したことのある宿だった。
ブルブレは標高840m。この時期はまだ暑い。蚊も結構出ていたので窓も開けられず、半そで短パンで寝袋も開きっぱなしでようやく眠ることができた。

2日目に続く。

***************************

管理人のホームページ

Reset your compass

http://www.geocities.jp/ddngj018/

ネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

2011年3月 5日 (土)

タイ~カンボジアへ (6日目 カンボジア・プノンクーレン~バンテアイスレイ)

6日目。この日は朝からハイエースの個人タクシーをチャーターし、シェムリアップ郊外の遺跡へ出かけた。
街から北へ向かって車を走らせる。途中までは舗装された快適な道で、自転車やバイクに乗った外国人も多く見かけたが、そのうち道は砂利道に変わり、家も畑も無い寂しい地域に変わっていった。
2時間ほど走った山の麓にゲートが現れ、入場料を支払わされる。アンコールのものと別料金だった。
この辺りはアンコール遺跡群の石切り場だったらしく、所々切り出した跡が見られるそうだが、未だ地雷撤去の作業が進んでいないのだそうだ。
ゲートを過ぎてから道は山道に変わり、鬱蒼としたジャングルの中をさらに1時間走った。ここは舗装されていた。

急に視界が開け、大きな広場に出た。どうやら到着したらしい。
ここはプノン・クーレンという場所で、アンコール初期の遺跡なのだそうだ。
奥にプリア・アントンという仏教寺院があるというので、先にそちらに向かうことにした。
Soh_0310_015 入り口は土産物屋や屋台が軒を連ねている。まだ午前10時過ぎだったので、どこもまだ開いたばかりでやる気が無いようだった。
入り口までは緩い階段を登っていくのだが、あちこちに物乞いがいた。どこでもそうだが、きりが無いのでさっさと通過する。
最近立てたらしい豪華な門を通り靴を脱いで大きな岩の頂上へ伸びている細い階段を登っていく。
20mほど登っただろうか。小さなバルコニーに出た。
周囲一帯は見渡す限りジャングル。人の暮らす集落は見当たらない。
Soh_0300_005 てっぺんには小屋が取り付けられており、中に入ると巨大な寝釈迦仏が横たわっていた。
全てひとつの岩で彫った寝釈迦仏で、「1枚岩で」彫ったものでは世界最大なのだそうだ。本当だろうか?
16世紀に造られたものだそうで、当時よく岩のてっぺんにこれだけのものを彫ったものだと感心する。
アンコールの遺跡といい、信仰の力は本当に凄いと身に沁みて思う。

Soh_0316_021Soh_0344_042  プリア・アントンから広場へ戻り、すぐ傍の川へ案内された。
最初何でこんな川にと思っていたが、よく見ると何と川底に無数の彫刻が刻まれていた。
これがプノン・クーレンらしい。
川底にはシヴァリンガがびっしりと敷き詰められ、所々ヴィシュヌ、ブラフマーの像などが配置されている。
長い年月で遺跡が川に沈んだものかと思ったが、調べたら最初から川底に配置したものらしい。
Soh_0347_044Soh_0350_047  ここの場所を流れた川の水に、パワーが宿って聖なる川になると信じられていたのだそうだ。
しかし地元の住民にも詳しくは知らないらしく、一部が露出しているだけで掘ればもっと凄いものが出てくるのではないか、ということだった。
今後のカンボジアの復興に期待したいところだ。

Soh_0354_050Soh_0361_057  またハイエースに乗り込み、来た道を戻る。途中昼食のため道端のドライブインのようなところで休憩したあと、「バンテアイスレイ」へ。
ここはシェムリアップ郊外にもかかわらず、先進国の公園のように綺麗に整備されていた。
スイスが修復、整備した遺跡で、「東洋のモナリザ」の彫刻で有名になった場所だ。

Soh_0373_067Soh_0355_051  2月とはいえここは日本の真夏並みに暑い。この遺跡は屋根が無いのが辛いところだ。
とはいえ彫刻の彫りの深さ、デザインは芸術的で、カンボジアではトップクラスの美しさだろう。アンコールワットより古いらしく、よくこれほどのものが破壊されずに残っていたものだ。
Soh_0364_060Soh_0374_068  カンボジアを訪れたらぜひここに行くことをお勧めする。
経典が収められていた塔の門の左右に女性の石像が何体も配置されており、このうちの一体が東洋のモナリザと呼ばれるものらしい。
作家のアンドレ・マルローという人がその昔、あまりに魅せられて盗掘しようとして失敗したそうなのだが、それほどのものなのかな。いくつもあるから一体だけなら、と思ったのかもしれない。
また、この塔の四方には猿?の石像があったのだが、これはイミテーションらしい。オリジナルはカンボジアのどこかの博物館が保管しているそうなのだが、後日思いがけない所でオリジナルを見ることが出来た。
Soh_0367_061 僕の家の近く群馬県立近代美術館で「アンコールワット展」があったのだが、そこに展示されていたのだ。

この日はこれで終了。
シェムリアップ街中のレストランで簡単な打ち上げをしたあと、翌日バンコク経由で帰国の途に着いた。

***************************

管理人のホームページ

Reset your compass

http://www.geocities.jp/ddngj018/

ネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

« 2011年1月 | トップページ | 2011年4月 »

ウェブページ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31