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2012年3月19日 (月)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 最終日 カグベニ~ジョムソム~マルファ

2010年10月12日。

Annapurna2010small215 カグベニの宿のダイニングには「東京」と書かれたタペストリーが掛けられていた。

聞けばこの宿の娘さんが、1年ほど出稼ぎで来日していたらしい。外国人、特にアジア圏の人々が日本に滞在することはとても難しく厳しい審査があるのだが、だれか身元を引き受けた日本人がいたのだろうか。

僕が寝た部屋は狭く日陰だったが、標高が下がっているためか自分があまりに寒い場所に行ってきたためか、むしろ暖かく感じた。

7:50、カグベニを出発する。

Annapurna2010small216 前回書き忘れたが、この村はムスタン(ローマンタン)へ向かう分岐点がある。

ムスタンは長い間「禁断の王国」と言われていて、今はネパールに組み込まれているが、1991年まで鎖国で長い間外国人の入域が禁止されていた場所だ。そのため、チベットの伝統や文化が破壊されずに今も残っている。

入域には最初の10日間が500US$、以降1日に付き50US$(2012年時。2~3年前まではネパールのリエゾンオフィサー(情報将校)を一人随伴させることを義務付けていたが、今は廃止されたようだ)。

さらにムスタン王国の首都ローマンタンへは徒歩と馬しか行けず、ここから片道4日はかかってしまう。その間に宿は無く、現地の人々が使う簡素な小屋に泊めてもらうか、キャンピングしかないのだ。

個人で行くには大変な費用がかかってしまうが、いつかは行ってみたい。

Annapurna2010small214 カグベニを出たところで、ヤギの群れと一緒になった。ヤギ使いと一緒に同じ道を歩いていく。

聞くと食事のため決まった放牧地へ出かけるところなのだそうだ。これが日課なのだろう。ヤギを草地に放して日がな一日のんびりし、午後風が出てきたらまとめて帰るのだ。大昔からずっと続いてきた職業だが、せっかちな僕には無理だろうなとも思った。

Annapurna2010small217 ヤギは器用にそれぞれ足場を選んで崖を降りてゆく。人間ではとてもいけそうに無い場所にもどんどん入っていく。

羊だったらこうはいかない。羊は先頭の一頭の後を付いて行く習性があって、もしその先頭が崖から落ちてしまったら、後から続く羊もみんな後を追って落ちていってしまうのだ。

Annapurna2010small218Annapurna2010small219  そのため山で羊を放牧する際は必ず山羊と一緒にすのだそうだ。

山羊の群れは別の山羊の一団と重なってしまったが、山羊使いはまったく気にしていない。良く見たら角に色が塗ってあるのだ。

山羊の一団と別れたところで、道はムクティナートからの車道と合流する。広く歩きやすいが、下り坂は大きくジグザグに走っているので結構遠回りしている感じだ。

Annapurna2010small220 カグベニからは一段上がったカリ・ガンダキ川沿いを歩いていたが、車道に合流して降り、川原に出たところでエクレバティに到着。時刻は9時丁度だった。なんとなく西部開拓時代のアメリカのサバンナの雰囲気だ。

「エクレ」というのは中間の、という意味で、「バッティ」は休憩地という意味なのでここはそのままカグベニとジョムソムの中間点ということなのだろう。

もちろん僕たちもここで休憩する。この先3時間、空港のあるジョムソムまでバッティは無いのだ。ここで売っていた乾燥アプリコットがほんのり甘くてとても美味しかった。30分ほど休んで出発。

Annapurna2010small221 だだっ広い川原を横切る形で道は続き、迫り出した丘に少し登ったところでかなり長いつり橋が対岸へ伸びている。ここからカグベニ方面へ振り返った風景が雄大で素晴らしい。

以前はここを渡ったものだったが、今回は新たに広げられた車道を歩くことになり、下流に向かって左手側をずっと歩くことになった。

Annapurna2010small222 道は緩い降りになり、再び川原へ入ってゆく。この辺りはアンモナイトなどの化石が転がっていることで有名で、カトマンズやポカラなどの観光地で売られているお土産の化石のほとんどはここで拾われたものだそうだ。

川原石で歩き辛いことこの上ないが、あえて人が歩いていなさそうな箇所を歩いてそれらしい石がないかしばらく探っていた。残念ながら今回は見つからなかった。ほとんど取り尽くされてしまったのだろう。前回はガイドのナワンさんがなかなか良質の化石を見つけてくれたのだが、重たくてがさばるからとその場に残していってしまったのが未だに悔やまれる。

川原なので覚悟していたが、途中靴を脱いで川を渡らなければならない場所に出くわした。

といってもカリ・ガンダキの大きな川ではなく(とても渡れない)、この川に入るトロンパス辺りからの支流の一部だったのだが、それでもそこそこ急流だし冷たいので結構難儀なものだった。

Annapurna2010small223 冷たさと久し振りに素足で川原石を踏んだ痛さで叫び声を上げているすぐ横で、ムクティナートからの乗り合いジープが悠々と川を渡っていった。

川を渡り前を見るとすぐ先にジョムソムの町並みが見えてきた。風が吹いてきたが、ここまできたらこちらのものだ。

Annapurna2010small224Annapurna2010small225  対岸の川で削られた岩壁には巨大な地層が大きくS字に曲がって露出している。どういう状況になればこんな地層が出来るのか皆目判らない。この印象的な地層を過ぎたところがジョムソムなので、丁度良い目印にはなるが。

車道は川を外れて山沿いに入っていったが、無理に削った道のようで至る所で土砂崩れが起きていた。

歩きやすいだろうが石でも落ちてきたらたまったものではないと、このまま川原を歩くことにする。

川を渡ってから1時間ほど歩いた12:00、ようやくジョムソムの街に到着した。

Annapurna2010small235_2 空港のある町らしくかなり綺麗に整備されている。最近車が入ったおかげでさらに新しい建物が続々と建てられており拠点の町らしくなってきた。でもそこに暮らす人たちはすぐには変わらないようで、店の主人など道端で日向ぼっこしながらお互いの毛づくろいに余念が無いようだった。

僕たちは空港入り口すぐ脇のチベット系のロッジに入る。ここも来る度にお世話になっていた宿だ。昼食はダルバートをいただいた。

ここでゆっくり過ごすのも良かったが、まだ時間は13時を回ったばかりだったので、ジョムソムの隣町である僕の好きな町「マルファ」に行ってみることにした。

マルファへは歩いて片道1時間だったが、歩くとなると流石に時間は無かったのでタクシーをチャーターすることになった。

拾ったタクシーは大昔の日本製セドリック。60~70年代の車だ。内装や外観は継ぎ接ぎだらけで満身創痍だが、エンジンだけは未だに元気でネパールでは現役で走っている。

信じられないことにバスも来ていたが、出発にはしばらく時間がかかるとのことだった。

運転手は無理やり拡張して作った車道を器用に走っていく。車道とはいっても、まだ穴だらけの砂利道で素人が運転しようものならすぐにタイヤを取られてしまうような悪路だった。電気も入っていない村の多いアンナプルナの裏側で、満身創痍のセドリックでラリーを体験できようとは夢にも思わなかった。

Annapurna2010small226Annapurna2010small227  マルファにはゆっくり行って20分ほどで到着。ここは町のメインの道から路地に至るまで壁が綺麗に白色で塗られていて、一見ヨーロッパの町に紛れ込んでしまったかのような感覚になる。

どうしてこのような光景になったのか未だに判らないが、他の町に比べて暗さが無く、住む人々も陽気な感じがするので、少なくとも心理的効果はあるようだ。

Annapurna2010small228 ここはリンゴとアプリコットの生産で有名で、収穫された果実を材料にブランデーも作られている。容器は空き瓶を再利用しているだけなので、キャップの締め付けがいささか心許ない。漏れない対策ができればお土産に良いかもしれない。

Annapurna2010small230Annapurna2010small229  路地では子供たちがビー玉遊びをしている。何人かは子守りをしながら遊んでいた。こんな光景、日本ではしばらく見ていないな。僕が小さかった頃は同級生がしていたっけか。

子供たちが遊んでいた所の前が「河口慧海」の記念館だった。この人は明治時代のお坊さんで、日本人ではおそらく初めてチベットを旅した人だと思う。チベット語を勉強するためにここに数ヶ月滞在したことがあったのだそうだ。残念ながらこの日は閉館していた。

Annapurna2010small231Annapurna2010small232  記念館の先にはゴンパの入り口があって、結構急な階段を20mほど登ったところに大きなマルファのゴンパが建っていた。ここはこの辺りで拠点的なゴンパらしく、宿坊や儀式を行う広場などかなりの規模だった。丁度夕方のお勤めのお祈りを行っていたところだったので、中にお邪魔させてもらった。

Annapurna2010small233_2Annapurna2010small234  17時頃にジョムソムの宿に戻る。夕食はいろいろ面倒だったのでまたダルバートにした。

次の日はいよいよ保養地ポカラだ。快適な部屋とシャワー、ふかふかの布団でゆっくり休める。そう考えるともう心ここにあらず、うわの空になってしまう。準備を済ませ早々に就寝した。

Annapurna2010small237_2Annapurna2010small236_2  翌日、ポカラへ飛行機の窓からはダウラギリの迫力ある姿を真横に眺められた。飛行機は川に沿ってしばらく飛んでいたが、やがてゴラパニ、プーンヒルの真下を通ってサランコット手前からペワ湖に入り、ほんの3~40分ほどでポカラの空港に到着してしまった。

5年前は飛行機を使わずタトパニ~ゴラパニ~ガンドルックとさらに7日かけて歩き通してポカラへ戻ったので、なんだかあっけに取られてしまった。

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ホームページ(過去のトレッキング記録)

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ネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

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