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2012年8月31日 (金)

2011年 チベット カイラストレッキング 2日目 ニャラム滞在

2011年5月28日。

Kailas2011small067 宿泊したニャラムの宿は名前もそのまま「ニャラム招待所(漢字が判らない)」といって、人民政府庁舎のすぐ隣にあり結構立派な建物だった。部屋もなかなか清潔だ。ポットにお湯も入っており、寒いが手洗いや洗顔も快適にできる。

僕たちは高度順応のため、ここに2泊する。本当はもう少し低い場所から始めた方が良いのだが、チベットではこの高度(3.750m)でも低い方なのだ。

Kailas2011small069 建物は違ったが、同じホテルに宿泊していたインド人パーティは早朝に発ってしまった。高度障害など大丈夫なのだろうかと心配したが、ナワンさんによるとかなり予算を切り詰めたツアーで、日程もぎりぎりに組んでいるのだそうで、無理をしてでもカイラスへ行きたい人たちらしい。

彼らにとっては宗教が全てだから、現地で死んでも構わないという覚悟で行っているのだそうだ。ニャラムから先はいきなり5.000mの峠を越え、その先はずっと4.000m台の高地なので高度順応していないとかなりきついと思うのだが。

Kailas2011small078 朝食はホテル脇の炊事場の中でした。同行した方々の殆どは高地が初めてだったので、いきなり現地の食べ物を食べるのではなく、スタッフのコックが食べやすく工夫した食事が良いと判断したのだ。

野菜などは昨日のうちにスタッフがニャラムの店から新鮮なものを調達してくれたらしく、量も多くて美味しかった。

朝食後、山歩きの装備に着替えて街の周辺を散歩することになった。

効率良く高度順応するためには、停滞日もひとところにじっとしているのではなく、昼間のうちは外へ出歩いて体を動かしていた方が良い。たった数時間でも、より高い場所に歩いていってまた戻ってくれば結構違うのだ。

Kailas2011small052Kailas2011small054  民家の脇から入り集落の外れへ登っていく。家々の壁には至る所にヤクの糞が丸められた形で貼り付けられていた。ネパールでも良く見た光景だったが、これほど多い光景は初めてだ。この糞は乾燥されたあと、暖炉や炊事の燃料として利用される。それほどこの場所が何も無いということなのだろう。

Kailas2011small056Kailas2011small057  少し登ってマントラの彫られた大きな岩を過ぎると辺りに建物はなくなり、小さな木々や草花が散在するだけの場所に変わった。

この時期のチベットは夏なのだそうで、この辺りはこの時期だけかわいい小さな花々がちらほらと見ることができた。高度が低ければそれなりの大きさに育つはずの木々や花々なのだが、ここではそこまで育つことができない。それでも懸命に子孫を増やそうとしているのだ。

Kailas2011small060Kailas2011small062  ダムから伸びている車道を横断しもう少し上の方まで行ってみる。丘の中腹辺りで休憩し、そこから町外れに向かって斜めに降りていった。本当は丘の頂まで歩きたかったが、いざ登り始めてみると目的の場所ははるか先だということが判ったのだ。

Kailas2011small068Kailas2011small066  再びニャラムの集落に入っていく。辺境の街とはいえ国境と接しているだけあり、建物はそこそこ整ったものが多かったように思う。

だが民家の壁には至る所に牛糞が貼り付けられている。この辺りが厳しい環境の場所だということを教えてくれていた。

Kailas2011small079Kailas2011small075  街のお寺から宿に向かって戻る頃は、結構街の人々とも接することができた。当然かもしれないが、集落に入るまでは人の気配はまるでなかったのだ。

子供や男性は普通の姿だったのだが女性はチベットの民族衣装を着て、装飾も綺麗に着飾っている人が多かった。どこも女性はお洒落に気を使うらしい。

昼過ぎに再び宿に戻った。そこからは自由行動。

Kailas2011small076Kailas2011small065  とはいえ標高は3,700m。初めて高地へ訪れる方々には、気ままに動き回るには少々きつい環境だ。各自宿の部屋でのんびりと過ごしていたようだ。

僕は一人で街中へ繰り出しインターネットカフェを探した。

メイン通りに面した箇所に何件か見つけたが、どこも小さく5~6台のパソコンをシェアして使っている程度だ。2件目でようやく1台空いていたのですかさず使ってみる。

残念ながらフェイスブックは開けなかった。中国らしく検閲で止められているらしい。

何とかyahooは開けたので、メールチェックだけに。送信すればスクリーミングされ、プライバシーが筒抜けになってしまうかもしれないので、返信は控えるようにした。

明日からはいよいよ本格的なチベット高原へ。10日後、ここに戻ってくるまではずっとテント生活だ。

3日目に続く。

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2012年8月 4日 (土)

2011年 チベット カイラストレッキング 1日目 カトマンズ~ニャラム

2011年5月27日。

 早朝4時半にカトマンズのホテルを出発した。今回はネパールの旅行会社「NJSトレック」のツアーだったので、中型のマイクロバスを1台チャーターした。
 僕はささやかながら日本でネパール雑貨店を営んでいる傍ら、この「NJSトレック」の窓口もさせていただいている。
 今回は僕のお客様ではなかったのだが、カイラスという到達困難峰へ行くにあたり、無理を言って同行させていただくことにしたのだ(勿論費用は負担しています)。
 次回はいつ行けるか判らない。費用の面だけでなく、チベットが政治的な面でも極めて流動的であるからだ。60年前の中国軍の侵攻(向こうは開放と言っているが)の影響は、いまだにチベットに深い傷を負わせているのだ。

 人数は日本人10人、ネパール人3人。ラサの旅行会社に連絡を取って、国境で合流する予定のチベット人が6人いる。
 バスには食料や燃料、テント一式などの荷物も一緒に乗せている。途中で補給する町は何箇所かあるとはいえ、13日もの間(途中3泊ほどロッジに泊まるが)この人数がキャンピングするとなるとかなりの量だ。

 バクタプルを過ぎた辺りから辺りが明るくなっていく。時々霧の中を走るが、概ね天気は良さそうだ。
 僕たちは大昔から交易の道として使われていた、カトマンズからラサへと向かう道を走っていく。昔からの道とはいえ、ネパール側は日本の荒れた林道と変わらないくらいの貧相な道だ。そのため雨季には毎年どこかの道が崩れ、その度に補修のために通行止めになる。そうなったら最悪数日は停滞を余儀なくされるので、なるべく雨季に入る前に通り過ぎておきたい。丁度この頃は雨季に入る直前だった。

Kailas2011small042Kailas2011small044   10:00、途中崩れそうなアヤシイ箇所もあったが、渋滞も無く概ね順調にネパールと中国(チベット)国境、ネパール側のコダリへ到着した。
 コダリはヒマラヤの山脈を二つに切り分けたような深い谷の中腹に張り付くようにある集落で、谷を分けて反対側が中国領だ。そこから中国側の街「ダム(ザンムー)」が見えるのだが、ネパールと比べ規模も大きく近代的な建物が多いので、山の斜面に浮き出た摩天楼のように見え不思議な光景だった。

 ここでバスを降り、近くのロッジに入り昼食のダルバートを食べた後、歩いて国境へ向かう。
 中国からネパールへ入国するには個人での場合でも結構簡単なようなのだが、今回のような逆での場合はかなり規制が厳しい。取り敢えず個人では不可能。団体のツアーで、かつ予めラサのエージェント(旅行会社)を通して許可を得た者しか入国できないのだ。

 ネパール側のイミグレーションはあっけなく通過。大きな物々しい橋を渡る。中央付近に二人、渡りきった場所に二人、銃を持った中国の兵隊らしき人が微動だにせず立っている。
 中央の兵隊?に名簿を渡してチェックを受けた後、名簿順に一列に並ばされて渡るように言われた。

 なんだか堅苦しい国境だが、これでもずいぶん穏やかになったのだそうだ。
 つい数年前までは、中国の役人が現地の人々を蹴っ飛ばしているなど日常茶飯事だったのだとか。

 渡り切った場所から右手に入ったところが広場になっており、そこで2時間ほど待たされた。役人の昼休みだったらしい。
 暑い時期だったが標高も高くなってきており、気持ちの良い風が吹いていたので過ごし易かった。

 中国側のイミグレーションの建物は、橋と一緒に最近建て替えられたもののようで、割と近代的な感じに見えた。電光掲示板もあり、一見地方の空港のような印象を受ける。
 チェックと荷物検査はしっかり受けた。ただ検査官は若い人が多く、中には綺麗な女性の検査官までいた。いろいろ聞かされていたので緊張して臨んだ検査だったが、思ったよりはスムーズに済んだと思う。ただ、いわゆるダライ・ラマ関係のものは悉く没収される。それだけは気をつけよう。

Kailas2011small045  イミグレーションを出て晴れて中国領へ。同行したシェルパのガイド、ナワンさんが合流予定のチベット人を探すため先に上へ登っていった。
 僕たちは30分ほど待ってナワンさんが連れてきたチベット人のガイド、クンチョクさんとドライバーさん5人と合流。キャンピングの荷物なども僕たちがイミグレーションにいる間に通してあり、予めチャーターしてあったトラックに既に載せられていたので、すぐにこれもチャーターしたランドクルーザーに乗り込むことができた。

 今回は人数も多かったので、ラサのエージェントに依頼をして、トヨタのランドクルーザーを4台、荷物運搬用のトラックを1台チャーターしてもらった。もっともカイラスまでは公共交通機関も一切無く、宿も無い箇所が多いので何かしらチャーターしなければいけないのだが。

 バックパッカーのような個人旅行者も行けないことはないのだが、ヒッチハイクでの移動はかなりのリスクを伴う。標高4,000m以上の高原を何日もかけて走らねばならず、途中放り出されれば集落など無い箇所が多く命の危険さえある。温度差は激しく、ヒッチでトラックの荷台に乗せてもらった旅行者が翌日凍死していた、なんて話もあるくらいだ。

Kailas2011small046  それでは意気揚々と出発、と思ったがすぐに僕たちはダムの街中で立ち往生してしまうことになった。
 ダムは急な山の斜面に造られた街なので、道は普通車でもすれ違うのがやっとな箇所がほとんどなのだが、国境の街のため大型トラックが無理に国境ぎりぎりまで入ってきてしまうのだ。
 お互い譲り合うようなことはせず、何とかすれ違うようにするようなのだが、どうやっても無理な場合も当然ながらある。今回の場合がそうだった。
 トラックは何台も降りてきており、後ろからはどんどん車が詰まっていく。
 普通車は何十台も、何度か切り返して路肩の民家ギリギリに幅を寄せ、トラックとの間数センチというわずかな間ですれ違っていった。結局僕たちが全てすれ違うまでに1時間近くかかってしまった。

Kailas2011small048Kailas2011small049   トラックとすれ違ってからは、先ほどの渋滞が嘘のように道が空いていた。
 先ほどの鬱憤を晴らすかのように、ドライバーは猛スピードでダムの街の斜面を駆け登っていく。
 集落を抜け、谷の深い自然の風景が見える所まで来ると、道は驚くほど広くなっていた。一見日本と変わらないくらい整備された道で、センターラインも綺麗に引かれ、トラック同士がすれ違っても十分な広さだ。
 どうやら近年になって整備されたようで、5年前に通ったことのあるナワンさん達はその変貌ぶりに大変驚いていた。

 途中チェックポストがあり30分ほど停車したが、後は素晴らしく快適にこの日の宿泊地、ニャラムまで辿り着くことができた。
 道は本当に日本と変わらない快適さだ。ヒマラヤの大自然をものともせず断崖を削り、トンネルを掘り、橋を掛けて車道を建設した中国の国力を、まざまざと見せ付けられた感じだった。もはや辺境という感じはしない。

Kailas2011small050  チェックポストを過ぎた辺りから、周囲の風景は荒涼とした山々に変化していった。標高も徐々に高くなり、少し息苦しさを感じるようになっている。だが相変わらず山々の頂は遥か彼方の上のほうに隠れており、ここがヒマラヤ山脈の一部なんだということをまざまざと僕達に見せ付けていた。

Kailas2011small051  17:15、まだ陽が明るいうちにニャラム到着。
 ニャラム(標高3,750m)はインド方面との交易の中継点として栄えた街だ。チベットの街は、どこも広大なチベット高原に唐突にぽつんと、寄り集まるようにしてできている。ここもその例に漏れず周囲は何も無い山々に囲まれており、少し寂しい感じのする街だった。
 チベット高原の厳しい自然を相手に生活を営もうとすると、自然とこうなるのなろう。

 この日の夜は宿の下にある中華料理店で夕食をとった。
 この店はニャラムでも本格的な中華料理を出す店だそうで、注文した料理は全て美味しかった。食材はほとんど雲南方面から仕入れているそうだ。値段も安くカトマンズの中華料理店よりも美味しいかもしれない。

2日目に続く。

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