フォト
無料ブログはココログ

« 2014年8月 | トップページ | 2015年2月 »

2014年10月15日 (水)

2013年 インド ラダックヒマラヤ マルカバレートレッキング 第3日目 スキュ~マルカ

 昨夜はぐっすりと眠ることができ、朝は気持ち良く起きることができた。昨夜の疲れは幸いにも残っていないようだ。しっかり食べてビタミン剤を飲み、快適な場所で早く寝ることができたからだろう。家主の方に感謝だ。

Dsc_0321Dsc_0319 ダイニングに入ると、既にガイドのヤンペルさんとポーターさん、家主の奥さんが朝食の支度を始めているところだった。ダイニングは古かったが広く綺麗に整理されていて、炊事用の暖炉が端にあり火が入っていて部屋全体が
暖められていた。暖炉の下に子猫が丸くなっている。

 ラダックで子猫を見たのは初めてだ。ネパールでは猫の境遇はあまり良くないようで痩せ細った野良猫しか見なかったが、この辺りでは違うのだろうか。

Dsc_0323Dsc_0324 部屋中央の柱には麦の穂が2つ縛られている。上が去年のもの、下が今年のものだそうだ。家の精霊に
収穫のお供えをしているとのこと。丁度今が収穫の季節なのだ。

 朝食は昨日と同じくチャパティとミルクティー。目の前で焼いてくれて、焼きたてをほおばるとことのほか 美味しいのだ。

  お世話になった家のご主人にお礼を言い、朝8時に出発。 この日からしばらくはマルカ谷という谷を川に沿って登っていく。登り降りのない比較的フラットな道なので歩きやすい。昨日の行程が嘘のようだった。

Dsc_0327 この辺りは工程中最も低い場所にあって(それでも3,200mだが)、比較的木々も多く見られた。柳やポプラも色付き始め、秋真っ盛りといった感じだ。リンゴやアプリコットも多く実っている。

Dsc_0336Dsc_0344 1時間ほど歩くと左手に要塞のような建物が現れた。昔の砦跡らしい。まだ調査が入っていないようで、いつの頃のものかははっきりしないのだそうだ。掘れば何か出てくるのかもしれない。マルカ谷はこの辺
りから先、多くの奇岩が聳えていた。こういった遺跡を見ると、奇岩も何かの建造物に見えてしまう。

Dsc_0355Dsc_0353 さらに1時間進むと、放牧の羊飼いの一団とすれ違った。彼らは道から逸れた崖の上から現れ、僕たちの目前で、崖から落ちるように駆け降りて合流し、何事も無かったかのように通り過ぎていった。

 羊の群れの中には、時々山羊が混ざっている。 羊だけでは先頭が間違って崖から落ちてしまうと、他の羊はそれを追って全て崖から落ちていってしまうのだそうだ。反面山羊は賢く、それぞれ自分の判断で安全な道を探してくれるので、羊はそれを追って安全に山を歩くことができるらしい。以前ネパールのガイドさんに聞いた話だが、確かにここでも同じように山羊を使っていた。

Dsc_0363Dsc_0365 さらにマルカ谷を進む。昼前になんと山羊の首を持った村人とすれ違った。何事かとヤンペルさんが話しかけたら、スノーレオパルド(雪豹)に襲われたのだとのこと。昨日はこの辺りも少し雪が積もったそうで、その際に雪にまぎれて雪豹が村に現れ、飼っていた山羊数匹がやられてしまったのだそうだ。

 村人はただじゃおかん!と言って向こうへ行ってしまった。ここはまだそういう場所なのだ。

Dsc_0369Dsc_0367 そこから少し歩いたところで川幅が広がり、点々とまとまって緑が茂っている箇所が出てきた。村人が川の水を引いて、木を植えているようだ。畑を作っている場所もある。標高が高い場所は基本的に寒く乾燥しているので、なかなか緑や作物は育たないのだが、村人の努力で最近は穀物や野菜などを栽培している土地が増えてきているという。

Dsc_0368Dsc_0391 道端には時々チョルテン(経塚のようなもの)やマニ石(真言を刻んだ石)を積んだ壁(マニウォール)などを見かける。これは主に集落の入り口にあることが多く、災いが入るのを防いだり、旅人の安全を願う意味で建てられている
ことが多いそうだ。要するに結界のようなものらしい。

Dsc_0373_2Dsc_0374 この辺りは村に住む人が亡くなると荼毘に付され、遺灰の一部を使って塚の形をした小さな置き物を作って、このチョルテンやマニウォールに置いている。お墓や位牌の意味もあるし、守ってもらうといった意味も
あるという。

 しばらく荒涼とした道を進み、サラという場所で昼食にした。 民家が一軒あるだけで寂しい場所だが、周囲を低い緑に覆われ明るい雰囲気だ。その家が庭を休憩所のようにして開放してくれていたので、そこを借りることにする。メニューは今朝スキュで作ってくれたチャパティのサンドイッチだ。40分ほどで出発する。

Dsc_0399Dsc_0378 道は荒涼とした場所、柳の茂った場所、チョルテンなどのモニュメントを交互に繰り返しながら先へ続いている。

 村人とも何人かすれ違ったが、どうやら移動手段は歩きだけではなく馬も利用しているようだった。確かにこれだけ荒涼とした土地で生活を営むには歩きだけでは過酷過ぎる。しかし自動車に慣れた僕たちから見ると、馬であっても過酷に見えてしまうのは、便利な文明に慣れきって しまっている証拠なのだろうか。

Dsc_0401 途中、道端に石を積み上げた大きな竪穴があった。何かの倉庫かなとも思ったが、何も無いし中は広く口が壺のように小さくなっている。一度落ちたら這い出すのは至難だろう。

 ヤンペルさんに聞いたら、これは何とオオカミのトラップだとのこと。 この穴に羊を一頭入れておきひと晩待つと、それを狙ったオオカミがたくさんかかっているのだそうだ。

Dsc_0392Dsc_0394 この辺りの産業は牧畜がほとんどなので、オオカミに狙われると死活問題なのだ。そのため羊を一頭犠牲にしてでも、オオカミを定期的に捕らえなければならない。選ばれた羊はたまったものではないが。

 確か民俗学の本で、大昔日本にもこのようなトラップがあったと見たことがあったが、ここでは未だに現役だった。

Dsc_0406 そこからさらに進むと、道が川で寸断され途切れてしまった。以前からガイドブックでこのコースは川を渡らないと先へ進めないと書いてあったので覚悟していたが、どうやらそのときが来たようだ。

 ヤンペルさんは比較的短く浅そうな場所を選び、おもむろに靴を脱ぎズボンを捲ると、ばちゃばちゃと対岸へ渡りだした。 遅れじと僕らも靴を脱ぎ川へ入る。ものすごく冷たい。

 日常では素足で歩くことなど滅多に無い僕らは、ちょっとした川底の石にも足が刺激され歩き辛いこと この上ない。おまけに川水に冷やされて痛くなってきた。大した距離ではないのだが、ようやく渡り終えた直後はしばらく動くことができなかった。

 子供の頃は裸足でよく近所の川原へ遊びに行ったものだが、もうとうに子供のような足ではなくなっていることを、身に沁みて思い知る。

 だが、不思議なことに歩き出してみると体が軽く、歩きやすくなっている。極端ではあったが足は冷やされてマッサージされたようで、疲労がずいぶん取れていた。確かに歩き疲れた足には有効だろうと思った。あまりやりたくはないが。

Dsc_0414Dsc_0415 川を渡り30分ほど歩いたところで、小さな集落が見えてきた。ここが今日の目的地マルカらしい。谷の名前にもなっている村の割には小さいなと思ったが、この先にまとまった集落があるとのこと。

 何度か川を渡る作業をしなくてはならないのかと気が重かったが、幸いにも渡らずに到着することができた。この時期は乾季にあたり、水量は少ないのだそうだ。

Dsc_0422 この日宿泊した一軒家は、電気は来ていないが立派な建物だった。家の主人は昔インドの軍隊にいたらしい。そのお金で、この家を建てたのだそうだ。

 この日の夕食の蒸しパンとカレー風味のシチューも、冷えた体に染み渡り本当に美味しくいただけた。

 この辺りで僕たちが食べる食事は、基本的にその家の食事を分けていただく形なので、その土地の本当の味なのだから美味しくない訳がないのだ。

 4日目につづく。

 

****************************

管理人のネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

« 2014年8月 | トップページ | 2015年2月 »

ウェブページ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31