フォト
無料ブログはココログ

« 2014年10月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年2月27日 (金)

2013年 インド ラダックヒマラヤ マルカバレートレッキング 第6日目 ニマリン~チョクドゥ

Dsc_0640 朝の高地の平原は明るくなるのが早い。朝は早めに起きてしまったのだが、昨日からの寒さでなかなかシュラフから抜け出せない。まだ人肌くらいに温もりが残る湯たんぽを頼みに、気合と共に衣服を着替える。

 いよいよ今日は今回のトレッキングのハイライト、最高地点コンマル・ラ越えだ。

 6時頃にキッチンテントで軽い朝食を済ませる。陽が当たってはいるのだが、川はガチガチに氷が張っていた。身支度を整え、7時に出発。

 テントや寝具一式はそのままだったが、後から馬子さんがまとめて馬に背負わせて付いてきてくれるそうだ。

 既に小さな小川となったマルカ川を渡り、最初の急登にとりつく。

Dsc_0650Dsc_0653 左手には近くで放牧されてい羊たちが数百匹、狭い囲いの中に入れられ休んでいた。夜はあまりに寒いので、こうして固めて暖を逃がさないようにしておかないと死んでしまうのだそうだ。放牧の人たちも、そろそろ冬支度で下山すると言っていた。

Dsc_0661Dsc_0663 1時間ほど登ったところで、道は緩やかな坂に変わった。歩きやすくはなったものの空気が薄いので、休みながらゆっくりと進んでいく。

 振り返るとそれまで歩いてきたマルカ谷が見渡せた。すでに自分の視線よりもはるか下になっている。

Dsc_0660Dsc_0665 先日のガンダラ越えの頃に積もったであろう雪が目立つようになった辺りで、近くの岩の隙間で動いているものに気付いた。よく見るとナキウサギが、ひょっこりと顔を出している。

 注意してみると何匹も駆け回っているのが見えた。丁度冬篭りの準備で、食料を探しているところらしい。

 緩やかな登りがしばらく続き、峠手前に差し掛かった辺りでまた急坂に変わる。負担をかけないようにさらにペースを緩め、牛歩のごとくじりじりと登っていく。

Dsc_0669Dsc_0690 そして11時を過ぎた頃、ようやくコンマル・ラ(5,130m)に到着した。

 それまで見上げていた山々は同じ目線になり、飾られたタルチョの間からヒマラヤの山々やチベット高原が遥か彼方へ続いている。

Dsc_0692 まさに壮大な絶景。ここまで歩かなければ辿り着けない素晴らしいものだった。

 少し休憩した後、記念写真を撮るなど30分ほど思い思いに過ごす。この年に亡くなったた友人の写真も一緒にタルチョに供え、ご冥福を祈らせていただいた。

 タルチョは風に乗せて願いをヒマラヤの神々へ届けるとされている。僕らの願いは友人に届いただろうか。

Dsc_0697Dsc_0702 テントを撤収して少し遅れて出発した馬子さんが追いついてきた頃、僕たちは峠を出発した。

 降りは急な傾斜の雪の中、滑らないように気をつながら進む。幸い雪は滑らず歩きやすかったので、軽アイゼンだけで快適に歩くことができた。もう登り坂が無いという安心感からか、無意識にスピードが上がってゆく。

Dsc_0704Dsc_0712 またも現れた野生のブルーシープを横目に、1時間ほどで小川の流れる谷底へ辿り着いた。ここでランチにする。

 改めて見返すと、僕ら2人に加えガイドさん、ポーターさん、馬子さんに馬4頭という結構な大パーティだ。

 なんとなく、キャラバン隊を編成してシルクロードを渡り歩く商人になったような気分で楽しい。今回は2日だけだったが、今度はこんな旅を1週間ぐらい続けるのもいいかもしれない。お金はかかりそうだが。

Dsc_0714Dsc_0721 この辺りは地殻変動が激しかったらしく、超巨大な地層が傾き垂直に上へ向かって伸びており、スケール感がおかしくなってしまうほど圧倒的な迫力で僕らに迫っていた。

 それだけに道も険しく、雪は無くなったとはいえ降り道でも狭く傾いているので滑り落ちないように細心の注意を払う。

Dsc_0725Dsc_0727 馬は重い荷物を積んでいても器用にこの道を難なく降って行くので、改めて驚いた。

 切り立った谷間から、ようやく川幅が広がってきた頃に、西洋人の男性が一人でテントを張っているところに出くわした。聞くとこの日はここに泊まり、明日から僕たちが来た峠を越えるという。

 この道を逆コースで行くとしたら、相当な体力と気力が必要だ。僕たちは数日かけて5,000mを目指したが、この男性は登山口からいきなり2日目で行かなければならないからだ。

 高度順応がしっかりできている人だと思いたい。ガイドさんもいなそうだし、知らないとしたらきっと後悔するだろう。気をつけて、と声を掛けて僕たちは先を急ぐ。

Dsc_0734 午後4時を過ぎた頃、急に数件の民家が現れた。ここがチョクドゥという集落らしい。

 下山口まであと1時間半ほど。無理をすればその日のうちに着けそうだったが、急ぐ理由は何も無かったので、この日はここの民家で部屋を借りることにした。

 チョクドゥは電気が来ている。久し振りの文明の力に、1個の電球の灯りであっても有難さが身に沁みた。

7日目へ続く。

****************************

管理人のネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

2015年2月17日 (火)

2013年 インド ラダックヒマラヤ マルカバレートレッキング 第5日目 ハンカー~ニマリン

 この日も7時に簡単な朝食を済ませ、8時に出発。

 昨日訪れた小さな学校を横目に、川に沿って歩いてゆく。

Dsc_0542Dsc_0545 すぐに峠のような登りになり、斜面に古そうなチョルテンがいくつも建てられた場所に出た。

 そこから見上げると、小山の頂に大きな砦のような遺跡が聳え立っている。規模からして城跡のようだ。ヤンペルさん曰く村人はいつからあるのか誰も知らないということだった。

Dsc_0548Dsc_0550 後日マルカ谷を紹介した英文のガイドブックを見たら、この遺跡が少し解説されていた。

 それによると、17世紀後半、この辺り出身のラダック軍の将軍がチベット軍と戦い勝利を収め、その褒美としてこの辺りを領地とし城を築いたのだそうだ。

Dsc_0551Dsc_0556 そう言われると、この遺構や村の区画(多くは畑になっているが)を見るとかつてここに街があったように見える。この道はシルクロードから枝分かれして、インドへ向かう交易ルートの一本だったようなので、かつてここが賑っていたとしても何の不思議もない。

 ここも手付かずらしいので、掘れば何か出てくるかもしれないが、この高度での調査はかなり困難に違いない。

Dsc_0557Dsc_0560 集落の外れにあるハンカーの畑を過ぎると、道は川に入っていった。川といっても、すでに上流域に差し掛かっているので、小さな小川のような感じだ。標高4,000mを過ぎると朝晩は厳しく冷え込むようで、川の水も氷が張っていた。

Dsc_0561Dsc_0563 川岸の枯れ草にたった一箇所、薄いショールのようなものが絡まったものを見つけた。

 最初ビニール紐か何かかと思ったが違うらしい。触ってみたらすぐに溶けてしまった。なんと氷だったのだ。
それは霜柱の一種でヤンペルさんも見ることは稀らしく、特殊な環境でしか生まれないかなり珍しい現象なのだそうだ。

Dsc_0578Dsc_0580 この辺りから道は急な登り坂になっていった。野生のブルーシープの群れを対岸に見ながら、呼吸を乱さないようにゆっくり高度を稼いでゆく。

Dsc_0582_2Dsc_0589 徐々に周囲の景色は開け始め、それまで歩いてきたマルカ谷や周囲の山々が同じ視線で見渡せるようになってきた。

 正面にはこの辺りでは最高峰のピーク、カーン・ヤツェ(6,400m)が迫っている。

Dsc_0597Dsc_0598 昼食後さらに2時間ほどかけて登り上げると、何も無い広大な平原に出た。ニマリンという場所だそうだ。

 目を凝らしてヤンペルさんの指差す方向を見ると、小さくテントが張ってあった。僕たちのテントだそうだ。

 実は出発前にヤンペルさんがこの日に合わせて馬子さんを雇い、テント一式を下山口から運び上げてくれていたのだ。テントが見えてからなかなか辿り着かない感じだったが、1時間ほどで到着。

Dsc_0613Dsc_0614 キッチン用と宿泊用、スタッフ用のテント計3張りに炊事用具などを馬4頭で運んでいた。

 向こう側には一般宿泊者用のテントが張ってあったが、オフシーズン直前で大部分が撤収しており、宿泊できるかは微妙な感じだ。気を使う必要もないし、やはりテントを持ってきて正解だったと思う。僕ら2人だけのためにかなり贅沢な環境だ。

Dsc_0615Dsc_0617 ニマリンは標高4,730mあり、冬の到来直前の時期もあって夜はかなり冷え込んだ。

 外の気温は-15度。湯たんぽと自分で持ってきたシュラフだけでは足りず、借りたシュラフも重ねてようやく眠ることができた。

Dsc_0621Dsc_0636 夜中はテントの内側に霜がびっしりと付いてしまい、まさに冷凍庫の中のようだった。今回のトレッキングで一番厳しい場所だったが、翌日は一気に下山口近くまで降りられることを思うと、ここは我慢のしどころだろう。

Dsc_0634 空は月明かりが眩しく、辺りは灯りが必要無いくらいに明るかった。

6日目へ続く。

****************************

管理人のネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

2015年2月12日 (木)

2013年 インド ラダックヒマラヤ マルカバレートレッキング 第4日目 マルカ~ハンカー

Dsc_0424Dsc_0426 この日も美味しいチャパティをいただき、朝8時に出発。

 一昨日のユルツェほどではないが、やはり朝晩は寒い。日陰はまだガチガチに土が凍っていた。だが日が差してくるとすぐに暑くなる。今日も晴れておだやかな一日になりそうだ。

Dsc_0433Dsc_0439 川を渡り崖を登ると、すぐに開けた集落に出た。ここがマルカの集落らしい。

 崖の突端には砦かお寺の跡らしき廃墟がある。

Dsc_0443 集落を過ぎるとすぐに広い畑に出て、既に村人たちが収穫の作業をしているところだった。マルカ谷に降りてから多少の畑くらいは見かけたものの、それまでのほとんどは荒涼とした大地が続いていたので、この場所でこんな豊かな風景が見られることなど思いもしなかった。

 村人たちが昔から、代々時間をかけて少しづつ畑を造ってきた苦労の結晶なのだ。

Dsc_0446Dsc_0454 のどかな風景は畑を過ぎるとすぐにまたおなじみの荒涼とした風景に変わった。

 広く気持ちの良い谷を川に沿ってしばらく進むと、左手の崖に野生のブルーシープの群れが出迎えてくれた。周辺の岩と同化して判り難かったが、列を作って器用に断崖を横に進んでいる。

Dsc_0459 さらに進むと、前方に巨大な奇岩が現れた。剣の先端のように細く鋭い岩が垂直に突き立っている。どうしてこんな岩ができるのだろうか。

 ヤンペルさん曰くここから右に折れて1週間進むとザンスカールへ行くことができるのだそうで、この奇岩が目印になっているらしい。

 そのルートは地図にも載ってはいるが、途中民家は一軒もないのでキャンピングしながら歩かねばならない上級ルートとして紹介されている。ヤンペルさんも、16歳の頃に一度だけ父親と歩いたことがあるだけで、かなり大変だったそうだ。

 もちろん僕たちはその分岐を横に見て、本来のルートを進んだ。

 川の対岸の崖、ブルーシープのいたところにも石垣が見え、道のようなものが見えた。ヤンペルさんに聞くと、雨季などで川を歩けない時期に使う道なのだそうだ。

 良く見ると崖崩れや風化などで所々道が崩壊している。毎年修復しているのだろうか。あの道を歩くのはかなり大変そうだ。

 川はS字のように曲がり、道も同じように曲がるのでカーブの箇所はちょっとした峠のようになっている。
 対岸に四角いビルのような岩が見える。頂も平坦なので、人の手が加わったかのような造形だ。あそこに行ったら何かあるんじゃなかろうか。

 峠の頂きで雨季用の道と合流し、その辺りにチョルテンやマニ石などがいくつも建てられていた。
Dsc_0479Dsc_0484 左手を見ると、なんと崖の頂に建物が見える。そこへ行くための道もあるが、かなりの急斜面であそこまで行くには結構な覚悟が要りそうだ。この辺りの中心的なお寺らしい。なぜあんな所に建てる必要があったのだろうか。

 そういえばネパールでも、村のお寺は崖の上や険しい場所を敢えて選んで立てている傾向があるように思う。何か理由があるらしい。

 お寺を見上げながらさらに進むとまた川幅が広がった。この谷はこういった地形の繰り返しのようだ。

Dsc_0489Dsc_0488 すぐにまた小さな集落が現れた。人は見えないが、川原には洗濯した衣服が岩に広げて干してある。近くにはワタスゲが植えられ、生活感はよく出ていた。たぶん放牧にでも出掛けているのだろう。

 そう思っていると、道端に一人の老婆が道に腰掛け、ひなたぼっこをしながら座繰りで毛糸を作っていた。ここの村人らしい。

 やはりこの辺りで放牧していたのだ。夕方になると自然と羊たちは集まりだし、集まったところで家に戻るという。

Dsc_0493Dsc_0495 ここで生活するというのは大変な苦労だというのは重々承知だが、このお婆さんを見ていたらちょっと羨ましく感じてしまった。

 前方に雪をかぶった大きな山が見えてきた。今までのラダックで見えた山はどれも同じような特徴のない山ばかりだったが、この山はひとつだけ大きく雄大に聳えている。

Dsc_0502Dsc_0504 名前はカーン・ヤツェ(6,400m)といって、この辺りの盟主的な山なのだそうだ。

 この山と重なった広く美しい谷を進むことさらに1時間、ハンカーという村に到着した。

Dsc_0508Dsc_0514 時間は13時過ぎくらいだったが、今日はこの村で宿泊する。ここから先は標高が急に上がり、民家も無いからだ。

 僕達は一番手前の民家にお邪魔させてもらった。庭には小麦や稗などを乾燥させている。
 通されたお部屋は広く快適な場所だったが、小さな虫が外から入ってきていたようで、取り除くのに少し苦労した。

Dsc_0516Dsc_0518 ダイニングでランチをとる。いただいたものはチャパティのサンドイッチと、マルカで採れた新じゃがだ。

 途中ヤンペルさんがマルカでいただいてきたのだそうだ。やはりジャガイモでも採れたてがいちばんおいしい。新鮮なので瑞々しく、ホクホクしていて最高だった。

Dsc_0527Dsc_0530 ランチの後は少し外へ散歩してみる。向こうの建物の側には遊んでいる子供達が見えた。この辺りでは子供はあまり見かけなかったので、珍しい光景だった。

 近付いてみると同じ服を着ている。どうやら学校らしい。放課後のようで、学年の違う子供達が一緒になって辺りを駆け回っていた。
信じられなかった。ここは標高4,000m。僕などが走ったらたちどころに酸欠で倒れてしまうだろう。

Dsc_0534Dsc_0536 子供達に近付いてみると、彼らも気付いて近付いてきた。人懐こさは他と変わらない。

 いろいろ聞いてみたかったのだが、ラダック語しか話せないようで残念ながら伝わらなかった。

 だが、英語は少しだけ判るようだ。どこから来たの?と聞かれたので日本、と伝えた。ところがなんと日本という国を知らなかったのだ。

 中国は知っていたので中国の向こうのほう、とだけ言ったがどこまで判ってくれただろうか。外国人と接する機会はあまり無いようで、僕を好奇の目で眺めている。カメラを持っていたので写真を撮ってあげた。

Dsc_0537 画像が出るのでそれを見せてあげると、たちまち喜んで今度は変な顔やらいろんなポーズをとってくれた。

 僕も負けじと何枚も撮影してあげて、そのつど見せてあげる。楽しいひとときだった。

5日目に続く。

****************************

管理人のネットショップ

ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店「カラパタール」

http://nepalzakka.sakura.ne.jp/

****************************

« 2014年10月 | トップページ | 2015年4月 »

ウェブページ

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31