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2010年2月18日 (木)

大峰奥駈道縦走 7日目~8日目

7日目。長かった大峰奥駈もいよいよ最終日だ。朝起きても疲労は溜まっていたが、今日が最後と思うと現金なもので不思議と力が湧いてくる。

朝食の後ずっしりとしたお弁当をいただき、5:40、玉置神社を出発。

しばらく杉林の中ゆるい下り坂を降っていく。するとすぐに舗装された車道に出て、今度は車道から分かれた林道の方へ入っていく。車を入れないためゲートが閉められていたので、知らなければ道を間違えていたかもしれない。

林道は車が通れるように広げたもののしばらく使われていないらしく、かなり荒れていた。土砂崩れもいたるところで起きている。どんな目的でここに車道を作ったのか、気になるところだ。

Imgp0192 しばらくすると歩道は林道から左に入り、深い杉林の中に入っていく。あまり手入れされていないようで倒木が目立つ。すぐに急坂になり、登り切ったところで大森山(1078m)に到着した。時間は既に8時を過ぎている。

ここからは急な下り坂だ。とにかく滑りやすいので、注意して降っていく。大峰奥駈道は、関東の山では考えられないほどとにかく登りも降りも急傾斜が多い。この辺りの山はみんなそうなのだろうか。それに道をジグザグにして登りやすくしないのも、修験の道だからなのだろうか。

Soh_0090_005_2 そのうちちょっとしたピークにさしかかり、10:00、立派な不動明王像が置かれている五大尊岳(825m)に到着。休憩せずそのまま通過。一応手を合わせておいた。

さらに降り道が続く。どんどん下界に近づいていく感じがする。いつの間にか周囲の霧は晴れ、太陽が顔を覗かせていた。降りきったところの六道ノ辻というところで昼食。金剛多和という石仏が祀られていた。

玉置神社でいただいたお弁当を開いてみて驚いた。青菜で包まれた巨大なおにぎりが3つ、ぎっしりと詰まっていたのだ。ぱっと見3合近くあるだろうか。

空腹だったがこれは流石に入るだろうかと心配だったが、なんとすんなりと食べきってしまった。普段だったら大変だったろうが、疲労した体が求めていたのかもしれない。

Imgp0207 昼食地からちょっとだけ登りがあり、その終点には大黒天神岳(573.6m)という標識が倒れていた。あまり山のピークという感じはしない。隣には護摩がくべられている。途中いくつも見かけたが、どんどん増えていく気がする。

この辺りから雲は完全に開け、暑い太陽の日差しが直接当たるようになってきた。伐採もやっているようで日陰も無いところが多い。

Soh_0092_007 と、右手の視界が急に開け、大きな熊野川の川原と点在する民家が見えた。久し振りに見る人の営み。ちょっと感動的だ。

気持ちも軽くなり、早く降りたい気分になるが、この辺りはマムシが多く慎重に歩かなければならない。一緒に案内してくれたしょーごさんが秋に行かずわざわざ暑いこの時期に大峰を歩くのは、このマムシが心配だからなのだそうだ。ここで野生の鹿の親子に遭遇したが、そういえば鹿ってマムシに噛まれないのだろうか?

Imgp0211 伐採され開けた暑い山道を抜け再び涼しい杉林に入ってしばらく歩くと、15:00、急に宝経塔がある広場に出た。広場を抜けるとアスファルトの車道が。ようやく、山道が終わったのだ。

本当はさらに山に入り七越峰経由で熊野神社へ向かうのだが、時間も無いし体力的にもきつかったので、ここから車道を歩いて向かうことになった。

ここから熊野神社まで車道を1時間半歩く長丁場だったが、今までの歩行からしたら全然大したことは無かった(途中苔むしたアスファルトで滑って転んで手をすりむいたが;)。

Imgp0212Soh_0095_010  16:30、熊野本宮大社着。大峰奥駈道縦走が終わった瞬間だった。

この道は大昔から、熊野詣でと称して歩かれてきた道のひとつだと言う。昔の人はどんな思いでこの社を見たのだろうか(昔は違うところにあったらしいが)。

せっかく来たのだからお参りしなければと、疲労した体にムチ打って社に向かう。本格的な登山の格好をしていたのだから、周囲にはかなり奇特な目で見られていたかもしれない。

Soh_0096_001 神社から外に出るとこの日宿泊する湯ノ峰温泉の民宿「てるてや」のご主人が車で迎えに来てくれた。15分ほどで到着。

早速温泉に入り、疲れを癒す。下り坂で押され続けたせいか、親指の先の感覚が無い。風呂に入るまで気が付かなかった。

長く山を歩いてきたし、食事もあり合わせばかりだったので、この日の温泉と食事は本当に極楽だった。6日間の疲労も苦労も全て癒されるほどの居心地の良さだった。山と温泉、この差が快感なんだよな。

8日目、この日はバスで車が置いてある吉野へ戻る。ザックと登山靴は宅急便で送った。

Soh_0100_002 バスの時刻に合わせて熊野神社へ戻り、少し時間があったので社殿へもう一度お参りに行くと、「かっぽれかっぽれ」と、近くの愛好会か何かが踊りを奉納しているところだった。社の神様にご覧いただくという形なので、普段固く閉じられている社の門が珍しく開けられていた。ちょっとラッキーかな。

バスは熊野神社から五條駅まで乗った。約5時間の道程だった。路線バスなので番号が印刷された紙を引き、上に表示される料金表を見て料金を支払うのだが、五條駅に着く頃は3回も入れ替わるようになり、番号を100を超えていた。

どんだけ長い路線なんだよと後から調べたら、なんと日本一長い路線バスだったようだ。

日本の秘境とも言われる十津川村の細い山道も、構わずバスはどんどん進む。かなり深い山の中だ。この辺り秋に来れば、素晴らしい紅葉の景色だろう。昨日までこの渓谷の上の山道を歩いていたのだ。雨が多かったせいで、あまり実感は湧かなかったが。

五條駅からはJR線から近鉄線に乗り換え下市口へ。午後3時頃に着いた。駐車代はこれだけ駐車しても500円。ありがたい。

帰りは京都まで下道を使い、そこから名神高速に乗った。岐阜羽島に弟が住んでいたのでそこで1泊させてもらう。翌日9時から出発し、途中群馬に入った松井田の祖父の家に立ち寄った。12時半頃着いたので結構早く行けたものだ。丁度祖母の2周忌だったので、弟を除く家族全員が集まっていた。

帰宅したのは日も暮れた夜8時過ぎ。結局全工程9日間の日程になってしまった。

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2009年12月30日 (水)

大峰奥駈道縦走 6日目

6日目。4時半頃にはみんな起き出して、朝食の準備に取り掛かっていた。

ふと気が付いたら白い袴の人がいない。聞いたら3時頃がさごそしていたそうなので、先に出発したようだ。全然気付かなかった。

天気は曇り空でうっすらと霧が立ち込め、すぐ雨になってもおかしくない感じだ。山の中なので携帯はおろかラジオも聞こえず、天気の予測がつかない。

夕食の残りの朝食を簡単に済ませ、一応レインコートを着て6:00出発。

Imgp0172Soh_0050_012  出発直後からいきなり直登。傾斜もかなりあり、重い荷物の装備は結構応える。この傾斜がずっと頂上まで続いていた。距離もかなりある。やっとの思いで笠捨山(1.352m)に着いたのは8時半を過ぎた頃だった。途中休憩はしていない。

しんどかったのもそのはず、笠捨山は登る人が笠を捨てたほど大変だったことから付いた名前なのだそうだ。

Soh_0054_015Soh_0059_018  笠捨山山頂には奇妙な社があって、社自体は普通の道祖神なのだが、社周囲にカタカナや平仮名、漢数字などが書き込まれた石が6角形の星となるように配置されている。太古からの神の言い伝えから来たものらしいが、ユダヤの話と繋がっているところが面白い。

個人的には、古墳時代にはアジアではもうシルクロードは盛んだったのだから、ヨーロッパ辺りの人々が日本に来ていたとしても全然おかしくはないと思っている。

休憩していたら雨も降らなそうな感じになってきたので、レインコートを脱ぎ身軽になって出発。ゴアテックスとはいえ夏は蒸し暑いので、やはり軽装は気持ちが良い(下は穿いていたが)。

笠捨山からはやはり急傾斜の下り坂がしばらく続いた。登りには早く付いていいと思うのだが、ジグザグではない直滑降の降りというのはいいかげん足に応える。膝を傷めているので慎重に降っていく。それでなくても滑りやすい道なのだ。

Imgp0180Soh_0061_020  降りきったコルに出て、これで楽になるかと思いきや、今度は足場の悪いクサリ場が連続してある登り道に変わった。エスケープルートがあったそうだが、その道は崩壊していて選べなかった。

軽装で湿っていなければ大したクサリ場ではないのだろうが、重い荷物を背負い、恐ろしく滑りやすい足場の状況になるとこれはやばい。草や木の根などを掴みながら、慎重に一歩一歩進んでいく。

登りきったところに一体のお地蔵さんが祀られていた。ここが地蔵岳(1.250m)山頂らしい。時間を見ていなかったがたぶん10時頃だったと思う。

山頂からすぐに急下降。垂直に近いクサリ場を何ヶ所か降っていく。とにかく滑りやすく、重たい荷物を背負っているものだから手間取って仕様がない。力ずくで懸垂状に降りた箇所がいくつかあった。この辺りでだいぶ時間を使ったと思う。

Soh_0063_022Imgp0183  だがここを過ぎた辺りから道はそんなにハードではなくなった(相変わらずアップダウンが続くが)。隣の香精山(1121.5m)に昼過ぎに到着。簡単な昼食を済ませる。僕はカロリーメイトひと箱。

12:40頃出発し、緩やかな下り坂をどんどん歩いていく。周囲は雑木林から杉林の比率が多くなり、少し暑くなってきた感じがする。下のほうに車道が見えてきた。

14:40、如意宝珠岳到着。この辺りから天気は回復してきた。時折日差しが入り、今が夏なんだと思い知らせてくれる。

Imgp0186Soh_0067_024  Soh_0068_025 如意宝珠岳を過ぎてからすぐに、下に見えていた車道に出た。それからは、しばらく車道と登山道を交互に歩いていく。雲は多かったが天気はすっかり回復し、雨の余韻の残る山に差した日差しで、登山道は幻想的な風景を見せていた。

楽な道とはいえ、結構長い。花折塚を過ぎた辺りから水筒の水が無くなってしまい、結構苦しい思いをした。玉置山手前の展望台でジュンコさんから少し水を分けてもらったので良かったが、初めての場所でこのさきどこに水場があるか判らない状況は辛い。次回はもっと大きな水筒を持っていこう。

   Soh_0073_029_217:30、ようやく玉置神社の参道に到着した。真夏だSoh_0077_031ったので日差しSoh_0074_030の中、車道を長く歩いて結構消耗している。参道がまたえらく長かった。1キロはあったと思う。鳥居をくぐってやっと着いた感じになっていたが、腰を折られた感じになった。

とはいえ、玉置神社に着いたら荘厳な雰囲気に圧倒されてそれまでの疲労感はあまり感じなくなっていた。

ここが山奥にある古い歴史の神社だったからなのか、自分が遥々歩いてきたからなのかは判らない。別に僕はスピリチュアル系でも何でもないのだが、ここは確かに「何かある」という感じがした。

Imgp0190Soh_0086_037  玉置神社は大峯奥駈道を歩く人にだけ、事前に申し出れば宿泊させてくれる。だが本来一般の人は宿泊できる場所ではない。玉置神社のご好意、ということを肝に銘じて泊まらせていただく形だ。

重要文化財でもある社務所に通され、中にある大きな和室に入る。布団もちゃんと備わっていて素晴らしい環境だった。濡れた衣類を干し、神主さんが用意してくれたお風呂に入る。疲労した体だったので風呂から出るのが億劫だ。

Soh_0087_038 上がってくると、別室に食事が用意されていた。かなり豪勢だ。こんなにされていいのだろうかと(しかも重要文化財の中でだ)後ろめたさを感じつつ、空腹で3度お代わりをいただいてしまった。

夜はそれはもう熟睡させてもらったが、自分が天狗になったような、空を飛ぶわけではなくジャンプして物凄い長い間空中を漂いいろんな場所へ行くという、不思議な夢を見た。

こんな夢は初めてだった。重たい荷物を降ろした開放感からなのか、この場所だったからなのか。

7日目へつづく。

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2009年10月17日 (土)

大峰奥駈道縦走 5日目

5日目。朝、目が覚めても雨足は弱くなっていなかった。憂鬱な気持ちで起き上がる。

エアーマットのおかげで思ったよりは良く眠れた。結構がさばったが持って行って正解だった。干した衣類を確認してみるが全く変化なしのびしょ濡れ。仕方なく圧縮袋に入れて翌日に期待する。

夕食の残りとコーンスープを作り朝食。さっさと荷造りし、朝6時には出発。昨夜からの焚き火で燻された匂いが全身にこびりつき、物凄い臭いを発していたが、あまり不快には思わなかった。それよりも湿気と体の中の濡れ具合が気になってしょうがない。

Imgp0113Imgp0112  出発前に記念撮影を撮った。僕たちが写っている写真のほとんどはsekiさんの防水コンパクトカメラで撮影している。僕も一つ買っておこう。僕の一眼は重たいのに濡らしたらアウトなので、ザックに厳重にしまってある。ただでさえ重いザックをさらに重くしているので本当に何の修行かと思いたくなる。フラッシュで光らせたものとそうでないものを撮ってみたが、どれだけどしゃ降りかわかってもらえるだろうか。この日は丁度山口、広島で土砂災害があった日だった。

Imgp0116 45分ほど歩いたところで「太古の辻」というところに出た。「これより大峯南奥駈道」と大きく標識がある。大峯に北と南があるんだとここで初めて知った。

この辺りまではよく訪れる人がいるのだが、ここから先は小屋も少ない割りに長距離なのであまり行く人は少ないのだそうだ。そう言われれば道がすこし不明瞭になってきた気がする。

尾根歩きなのでアップダウンがきつい。普段は何てことも無い道なのだろうが、20キロ弱の重い荷を背負い、雨が降ってしまうと結構大変な道に変化してしまう。降りなど滑らないように気をつけて歩くが、そのせいか親指が押されて痛い。

Imgp0122 途中大きなミミズが群がっていた。大きさがハンパではない。この辺りは栄養が良いらしい。

9:20、地蔵岳(1.464m)。森に囲まれて視界はない。

標高が低いためか森が茂り、木の根の上を歩くことが多いので滑って困る。深い笹薮の中を2時間ほど進み、11:20に涅槃岳(1.376m)着。藪に囲まれている。

Imgp0141Soh_0033_039  さらに30分ほど歩いて証誠無漏岳(1.301m)。そこから藪の中の急な降りで、クサリまで付いた場所もあった。木の根の上なのでかなり厳しい。別に危険ではないが、うまく降らないと汚れるのだ。

次の阿須迦利岳(1.251m)を過ぎて13:00、ようやく昼食場所の持経ノ宿に着いた。この間あまり休憩していない。さすがに疲れた。しょーごさんはすぐ5分くらい下がった場所へ水を汲みに行った。一体どこにそんな体力があるのか不思議なくらいだった。

Imgp0147_2 持経ノ宿は無人の小屋だったが、深仙小屋に比べれば雲泥の差ほど設備の整った小屋だった。囲炉裏から炊事用具、布団まである。山を訪れた人たちが、持ち寄ったり整備したりして大事に利用しているらしい。

ここで泊まって今日はゆっくり過ごしたかったが、そうもいかないので簡単な食事(カロリーメイト)を済ませてさっさと出発。でも1時間くらい滞在していたようだ。

午後は雨も上がってきた。久し振りに雨具を外して気持ちよく歩ける。夏だったので蒸し暑いのだ。

Soh_0034_040Soh_0039_042  すぐに持経千年桧と立て札に書かれた大きな桧の木が見え、さらに1時間ほど進んで平治ノ宿という小屋の前を通る。快適に歩けたので、雨が降らないだけでこんなにも違うものかと今さらながらに驚いてしまう。

だが時間が進むのが早く感じる。昼が遅かったせいだが、その先の転法輪岳(1.281.2m)に着いた頃は16:00前だった。この日宿泊予定の行仙小屋まではまだまだ先だ。

倶利伽羅岳(1.252m)16:50着。行仙小屋までは地図上のコースタイムでもあと2時間はかかる。夏でよかった。とにかく初めての道なので、いつ着くのか見当がつかない。休憩はせず、少しでも歩いていればいつか着くだろうと、黙々と足を運ばせた。

Soh_0040_043Imgp0166  行仙岳(1.227m)へはやっとの思いで到着した。とにかく長く感じた。送電線か電波塔があるのが少々忌々しい。でもここまで来れば宿までもう少しだ。辺りは少しづつ薄暗くなり始めている。時計は18:40を指していた。

そのまま休まず行仙小屋を目指す。いつの間にか杉林に変わり、視界も暗くなってきた。ヘッドライトを点灯してしばらく下り坂を歩くと、ようやく行仙小屋に辿り着いた。時計は19:30を指していた。夏とはいえもう夜である。

行仙小屋も持経の宿と同じく整備された無人宿で、普通の山小屋のように快適に宿泊できる。僕たちが到着したとき誰もいないと思っていたが、一人夕食の支度をしてる人がいた。

白い袴と竹刀を持ち、簡単な装備で来ていたので剣術の修行にでも来たのだろう。この辺りはそういう場所でもあるのだ。

快適な宿とはいえ、朝6時から夜7時半まで昼食以外はほとんど休憩も取らず歩き続けたので、濡れたものを乾かし、夕食の支度をするだけでも結構な重労働だった。この日の夕食は五目おこわにレトルトの牛丼。さらにマカロニのミートソースパスタ。全部お湯を入れれば出来上がるインスタントだが、こんなに美味しく感じたのは本当に何年ぶりだろうか。

同じ無人宿でも今晩は、昨晩のような環境ではないのでブランケットを借りて快適に眠ることができた。

本当に疲れた。9時前に就寝したが、気が付いたら朝4時。よく寝ていたようだ。

6日目に続く。

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2009年9月22日 (火)

大峰奥駈道縦走 4日目

4日目。前日は夕方から雨が上がっていたため、天気にかすかな期待をしていたのだが、朝から見事に雨だった。結構な本降りである。見晴らしは無い。

Imgp0068 朝食は事前に弁当を用意してもらった。今日の行程はやや長いため、早めに出発することにしたのだ。5:30に出発し、晴れていれば快適そうな尾根を40分ほど歩くとあっけなく「八経ヶ岳(1.915m)」に着いてしまった。

この山は西日本で最も標高の高い山だそうである。晴れていれば素晴らしい展望なのだろうが、生憎雨で何も見えない。座るところも無さそうだったので記念写真だけ撮ってさっさと出発してしまった。

Imgp0073Imgp0074  滑りやすいアップダウンの道が延々と続いている。雨なのでどこを歩いているのか、皆目見当が付かない。重い荷物なので登りもきついが、降りはさらにしんどい。木の根は勿論だが、この辺りの岩の質は滑りやすいようで、歩幅を小さくして歩かざるを得ない。さらに背負っている荷物が重く、普通滑らなそうな箇所でも滑ってしまう。一旦滑ったら荷物の重みで体制を整えるのは至難の業なのだ。

そのため結構神経も消耗していく。そのうち誰も話さなくなっていた。

Imgp0075 雨は一向に止む気配が無い。それどころか時折スコール並みに雨脚と風が強くなることがあり、本当にどうしたのかと思うほどだった。まあ歩いている分には雨の強弱はさほど気にならなかったが。

9時半頃まで延々と休憩もせず歩き続けたところで、急に小さなログハウスのある場所に出た。「揚子ノ宿小屋」という場所らしい。避難小屋として使われているようだ。

中は何も無い板の間が10畳ほどがらーんと拡がっているだけだったが、とても清潔に使われているようだった。全身びしょ濡れだったので雨つゆがしのげるだけでもありがたいと思っていたが、最近建てられたのか思いのほか快適だった。

ここでちょっと遅い朝食。弥山小屋のお弁当は本当に美味しかった。お湯を沸かしコーヒーを飲んだところで、ようやくみんなの気持ちも落ち着いてきた。

Imgp0078Imgp0100  10時過ぎに出発。「仏生ヶ岳(1.804m)」を通り1時間半ほど歩いたところに「鳥の水」という水場があった。いわれは知らないが、この辺りは尾根歩きのため水場が少なく、鳥もここで水を飲むんじゃないのかという話をしたものだ。今は雨なので忌々しいが、水の少ない中でこの道を何日もかけて歩くのもかなり辛そうだ。

Imgp0101Imgp0088  少し歩いたところでちょっとした鎖場にさしかかる。大した事のないように見えても、滑りやすいので結構気を使う。時間をかけて慎重に通過。

そこから1時間ほど歩いたところで13:30、ようやく「釈迦ヶ岳(1.800m)」に到着した。この山の山頂には大きな仏像が建てられていて、名前からしても今も信仰のための山として重要視されているようだ。ここで今後の無事をお願い(しょーごさんは長いお経を何も見ずに唱えていた。何者?)し、小休止の後出発。この日の宿はここからすぐの場所だ。

Imgp0105_2 降りだったのでゆっくりと歩き、14:30、宿泊地「深仙小屋」に到着。ほとんど休憩を取らなかったのでちょっとしんどい。

深仙小屋は外見は本当に物置みたいなみずぼらしい小屋なのだが、中は結構広く中央に囲炉裏があり、それを囲むようにして一段高い床が付けられていた。

小屋の隣にはお堂が建てられており、清潔なのでこちらに宿泊しようと言う話も出たが、神様の前で寝るのもちょっと悪い気もするし、囲炉裏で暖を取ろうということで小屋に決定。真夏なのだが雨のせいか結構寒い。

Imgp0108 濡れた衣類を小屋に縄を張って吊るし、焚き火を始めてみる。薪は備え付けられていたものを使ったが、湿気のせいで物凄い煙が出てしまった。でも体は冷えていたし、少しでも乾かしたかったので今さら止められない。咳き込みながら、目を開けるのも辛いのをどうにか我慢しながら煙が落ち着くのをひたすら待った。時々小屋から顔を出して深呼吸。

Imgp0109 夕食時になってようやく落ち着いた。落ち着いたのは良いが、吊るした衣類は全部焚き火の煙で燻されてしまって、それはもう燻臭いったら無かった。明日大丈夫だろうか。

この日の夕食は自炊。考えてみたら昼食は食べていなかったので相当お腹が空いている。コッヘルでお湯を沸かし、アルファ米の白米2食分とレトルトカレーを作る。食後はコーンスープとコーヒー。かなり豪勢である。

食後は疲労からかすぐに眠くなってしまった。用意した簡易エアーマットと湿った寝袋を広げ、早々に眠りについてしまった。雨足は弱まる気配は無かった。

5日目に続く。

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2009年9月 4日 (金)

大峰奥駈道縦走 3日目

3日目。宿が川沿いだったので、川の音か雨の音か判らなかったがとにかく雨の音で目が覚めた。事前にお願いして6時頃早い朝食を取り、タクシーを呼んで出発。

タクシーは洞川温泉から一旦下り、別の谷へと入っていく。道の狭い山の車道をぐんぐん登っていく。標高は大して無いのだが、ものすごく深い山の中だった。

Soh_0009_050Imgp0057  1時間ほど走ってようやく弥山(みせん)登山口に到着。行者還トンネルの入り口にある。女人禁制の箇所を避けたため、ここから大峯奥駆道に戻るために登り返すのだ。

タクシーを降りた際は大丈夫だったが、準備をして登りだす頃に急に雨が降り出してきた。雨具を着込んでいて良かった。

登山口から尾根に至る道はずっと急な登り坂だった。1時間半ほどかかってようやく尾根の奥駈道出合に到着。小休止するが既に雨はどしゃ降りだったため、座るところが無い。

Imgp0062 弁天の森というところを抜けて一時間ほど歩いたところに銅像が建っていた。理源大師像とあるがここの行者だった人だろうか。

さらに1時間ほど歩いたところに弥山小屋があった。この頃ようやく小雨になっていた。

この日の宿泊はこの小屋だが、僕たちは荷物を置くことなくすぐ上にある弥山の山頂へ向かった。小屋に荷物を置いてからでも良かったと思うが。

Imgp0064Soh_0012_053  小屋から100mほど行ったところに山頂はある。山頂というがそこはきれいに整地された神社が建てられており、麓にある天河大弁財天社という神社の奥の院で、天河奥宮という所なのだそうだ。霧に包まれているが荘厳な雰囲気があって何故か恐縮してしまう自分がいる。

聞くところによると天川村は磁場が特殊で、一部で地球のへそとも呼ばれているのだそうで、スピリチュアル系の人が世界中から集まる場所なのだそうだ。その一番奥の奥の院にいきなり来てしまったわけだが、正直僕には別に何かを感じる訳でもなかった。晴れていれば景色は素晴らしいだろうが。

Soh_0017_058Soh_0016_057  弥山小屋に昼過ぎにチェックイン。早速身包み剥がして乾燥室に持っていく。途中どしゃ降りだったので、レインコートを着ていたとはいえかなり湿っていた。ザックにはカバーを付けていたが、下の部分に水が入ってしまい(ベルトから浸透していったのだろう)、少し濡れてしまっていた。そこにシュラフ(寝袋)を入れていたが、圧縮袋だったので助かった。

時間はかなりあったので、のんびりと過ごした。利用者は僕たちだけで貸切状態だ。

夕方近くになって、1名入ってきた。坊主頭の若そうな兄さんで、僕たちとは反対方向へ向かうそうだ。午前3時には出たいとの事で、早々に寝てしまった。3時では夏とはいえまだ暗いので一人で大丈夫だろうか。

Soh_0032_068Soh_0030_066  小屋はこの時期暇そうで、アルバイトで雇われたおじさんが一人で管理しているだけだった。このおじさんが作った夕食は実に美味しかった。聞けば埼玉県からはるばる来ているそうだ。僕も群馬とはいえ埼玉の県境に住んでいるので、地元の話に華が咲いた。

4日目に続く。

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2009年8月12日 (水)

大峰奥駆道縦走 2日目

Soh_0002_069Soh_0004_071  2日目。朝は晴れていた。8時頃に吉野駅へ。

8時半に一緒に歩くしょーごさん、じゅんこさんと合流。

どれが重くしているのか判らないのだが、僕の荷物はかなり重たくなってしまっていた。20キロ。

今回は途中2泊、避難小屋で自炊をしなければならないため、食料や水、コッヘル、寝袋などが入っているためだ。それでも重過ぎる気がしていたが、一緒に皆さんもあまり変わらない重さだったので少し安心した。一人だけ重たい荷物を背負って迷惑をかけるわけにはいかないので。

Soh_0005_072 吉野駅からはタクシーで金峯神社へ。すれ違えない細い道をどんどん登っていく。この辺りは桜の名所だそうで、春は大混雑するのだそうだが、今は想像もつかない。

金峯神社は源義経が隠れていたという有名な神社らしい。ここに着いた頃から雨がポツポツ降り出してきた。レインコートの上だけを着て、10:00、出発。

杉林の中の登りをしばらく歩く。大昔からの古道とはいえ、普通の山道と変わらない。でも所々小屋の跡と伝わるスペースがあったので、昔は賑わっていたのかもしれない。

しばらく登るとすぐ下に車道が見えた。営林署が手入れをしたらしい切り開かれた場所を歩いているとき、修験者姿の男性とすれ違った。100日修行といって吉野とこの先の八経ヶ岳との間を100日間往復する修行があるのだそうだ。片道だけでも僕たちは1日がかりなのに、大変な修行である。おそらくその人ではないか、としょーごさんは話していた。

少し登ると、今度はその車道に出てしまった。しばらく車道を歩く。何か損をした気分になる。

Soh_0007_073Soh_0008_074  また登山道に入りしばらく尾根を歩いていると、13:00、ぱっと視界が開けて小屋がある広場に出た。ここが二蔵宿小屋らしい。ここは無人の避難小屋だが、中にはちゃんと自炊場や囲炉裏、毛布など宿泊するための設備が完備されている。この先にもそういった小屋がいくつかある。ありがたい。

ここで昼食。それまで結構な雨が降っていたが、ここに着いた頃から止んでいたので外でとった。丁度近くの山の会の人達が、小屋の掃除に来ていた。大きな法螺貝を持っている人がいたので、もしかしたら修験の会みたいなのがあるのかもしれない。

簡単な食事(コンビニのサンドイッチ)を済ませて出発。ここからは大天井ヶ岳には登らず、時間の問題で中腹をエスケープする。それでも結構距離があってアップダウンがあり、道も細かったので大変だった。重い荷物を持っていたからそう感じたのかもしれない。

15:30、五番関着。ここから先の八経ヶ岳へは女人結界ということで、女性は入れない。今の時代珍しいと思ったら、やはり日本で唯一の場所だそうだ。

昔からの伝統と信仰なので仕方ないのだろうが、やはりちょっと残念な気もする。元々は女人禁制ではなかったらしく、その昔修験者の中に女性に手を出した人がいて、それが問題になって禁制にされたそうだからだ。

そんなわけで僕たちは女性がいるため、八経ヶ岳へは行かずここか一旦下山し洞川温泉(どろかわおんせん)を目指す。傾斜45度以上ありそうな急傾斜を降り、15分くらいですぐ車道に出てしまった。ちょっと膝が痛い。

ここから温泉までが長かった。車道歩きなので楽だろうと思っていたが、登山靴なのでアスファルトには合わず、宿に着いた頃には肉刺が出来てしまっていた。

長い車道歩きのあと、18:15にやっとの思いで洞川温泉に到着した。ここは温泉宿なので食事も良く、快適に宿泊できた。

3日目につづく。

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2009年8月10日 (月)

大峯奥駆道縦走 1日目

7月下旬、奈良県の吉野から和歌山県の熊野神社にかけて延びる修験道、大峰奥駆道を縦走してきた。

全長約80キロ、6日間の行程。前後入れると9日間使った。

僕は北アルプスはよく歩いていて知っているが、こちらの方は全く知識がなかったので今回行ってみなければ判らない面が多くあった。幸い同行した方が何度も歩いた事のある人だったので、その方に全て任せることにした。

25日、朝8時過ぎに群馬出発。土曜日でETCが1000円なので、車で行くことにした。

途中梓S.A.で休憩。焼きたてのパン屋とスタバがあったのでのんびり寛ぐ。インフォメーションを見たらこれから通る中央道が事故で通行止めだった。案内のお姉さんに迂回の詳細を聞いて出発。飯田山本I.C.から降りて、一般道で不安になるほどの山道を走り、園原I.C.でまた入る。

でも通行止めの表示はどこにもなかった。後で調べたら、僕が通行止めの知らせを聞いてから現場へ走っている間に解除されたようだった。とんだ遠回りだった。しかも一度降りたので余計に1000円かかってしまう。いい迷惑だ。

名古屋から雨が降り出し、四日市にかけては前が見えないほどの豪雨だった。しかし亀山では晴れ間が差す。名阪国道を走っている頃は小雨が降っていた。不安定な天気だ。

この名阪国道、高速道路みたいだが一般道で、制限速度60キロなのにみんな100キロですっ飛ばしている(書いていいのだろうか)。

群馬では見ない道なのでちょっと怖い。高速道そのまんまの道なのでスピードが出てしまうのも判るが、事故は起きやすいんじゃないかなあ(車間距離は詰まってるし)、と思っていると案の定、天理市に入る手前の急カーブで大渋滞。大型トレーラーが横転していた。

1時間ぐらいここでかかり、天理市から南下、橿原市や明日香村を経て吉野の下市口駅前の宿に着いたのは5時半頃だった。ガソリンは丁度満タンから給油まで、572.6キロ。約9時間かかった。流石に一気に行くと疲れる。ここで一緒に歩くメンバーの一人、さめさんと合流。

この日の宿は「大正館」という宿で、大正時代の建物をそのまま使っている珍しい宿だった。大正ロマンというか昭和レトロの雰囲気満点で、老朽化もあってちょっと不便なのだが、どこか懐かしく返って新鮮だった。宿の人にもとても親切にしていただいた。

つづく

*まとめた記録はこちらからどうぞ。

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2009年7月24日 (金)

大峰奥駆けに行ってきます。

090723_155601 7月25日から8月2日にかけて、大峰の奥駆けへ出かけることになった。

今準備しているのだが、日本での長期のトレッキングは本当に久しぶりなので(しかも2泊ビバークする)食料や装備などすっかり忘れてしまって結構てこずっている。

新幹線では家から往復6万弱かかってしまうので、車で行くことにした。高速代は土日なので1000円。ガソリン代入れても往復12~3000円くらいだろう。

カーナビが無いのでちょっと心配なんだけども(汗)。

まとめた記録はこちらからどうぞ。

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