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2012年3月19日 (月)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 最終日 カグベニ~ジョムソム~マルファ

2010年10月12日。

Annapurna2010small215 カグベニの宿のダイニングには「東京」と書かれたタペストリーが掛けられていた。

聞けばこの宿の娘さんが、1年ほど出稼ぎで来日していたらしい。外国人、特にアジア圏の人々が日本に滞在することはとても難しく厳しい審査があるのだが、だれか身元を引き受けた日本人がいたのだろうか。

僕が寝た部屋は狭く日陰だったが、標高が下がっているためか自分があまりに寒い場所に行ってきたためか、むしろ暖かく感じた。

7:50、カグベニを出発する。

Annapurna2010small216 前回書き忘れたが、この村はムスタン(ローマンタン)へ向かう分岐点がある。

ムスタンは長い間「禁断の王国」と言われていて、今はネパールに組み込まれているが、1991年まで鎖国で長い間外国人の入域が禁止されていた場所だ。そのため、チベットの伝統や文化が破壊されずに今も残っている。

入域には最初の10日間が500US$、以降1日に付き50US$(2012年時。2~3年前まではネパールのリエゾンオフィサー(情報将校)を一人随伴させることを義務付けていたが、今は廃止されたようだ)。

さらにムスタン王国の首都ローマンタンへは徒歩と馬しか行けず、ここから片道4日はかかってしまう。その間に宿は無く、現地の人々が使う簡素な小屋に泊めてもらうか、キャンピングしかないのだ。

個人で行くには大変な費用がかかってしまうが、いつかは行ってみたい。

Annapurna2010small214 カグベニを出たところで、ヤギの群れと一緒になった。ヤギ使いと一緒に同じ道を歩いていく。

聞くと食事のため決まった放牧地へ出かけるところなのだそうだ。これが日課なのだろう。ヤギを草地に放して日がな一日のんびりし、午後風が出てきたらまとめて帰るのだ。大昔からずっと続いてきた職業だが、せっかちな僕には無理だろうなとも思った。

Annapurna2010small217 ヤギは器用にそれぞれ足場を選んで崖を降りてゆく。人間ではとてもいけそうに無い場所にもどんどん入っていく。

羊だったらこうはいかない。羊は先頭の一頭の後を付いて行く習性があって、もしその先頭が崖から落ちてしまったら、後から続く羊もみんな後を追って落ちていってしまうのだ。

Annapurna2010small218Annapurna2010small219  そのため山で羊を放牧する際は必ず山羊と一緒にすのだそうだ。

山羊の群れは別の山羊の一団と重なってしまったが、山羊使いはまったく気にしていない。良く見たら角に色が塗ってあるのだ。

山羊の一団と別れたところで、道はムクティナートからの車道と合流する。広く歩きやすいが、下り坂は大きくジグザグに走っているので結構遠回りしている感じだ。

Annapurna2010small220 カグベニからは一段上がったカリ・ガンダキ川沿いを歩いていたが、車道に合流して降り、川原に出たところでエクレバティに到着。時刻は9時丁度だった。なんとなく西部開拓時代のアメリカのサバンナの雰囲気だ。

「エクレ」というのは中間の、という意味で、「バッティ」は休憩地という意味なのでここはそのままカグベニとジョムソムの中間点ということなのだろう。

もちろん僕たちもここで休憩する。この先3時間、空港のあるジョムソムまでバッティは無いのだ。ここで売っていた乾燥アプリコットがほんのり甘くてとても美味しかった。30分ほど休んで出発。

Annapurna2010small221 だだっ広い川原を横切る形で道は続き、迫り出した丘に少し登ったところでかなり長いつり橋が対岸へ伸びている。ここからカグベニ方面へ振り返った風景が雄大で素晴らしい。

以前はここを渡ったものだったが、今回は新たに広げられた車道を歩くことになり、下流に向かって左手側をずっと歩くことになった。

Annapurna2010small222 道は緩い降りになり、再び川原へ入ってゆく。この辺りはアンモナイトなどの化石が転がっていることで有名で、カトマンズやポカラなどの観光地で売られているお土産の化石のほとんどはここで拾われたものだそうだ。

川原石で歩き辛いことこの上ないが、あえて人が歩いていなさそうな箇所を歩いてそれらしい石がないかしばらく探っていた。残念ながら今回は見つからなかった。ほとんど取り尽くされてしまったのだろう。前回はガイドのナワンさんがなかなか良質の化石を見つけてくれたのだが、重たくてがさばるからとその場に残していってしまったのが未だに悔やまれる。

川原なので覚悟していたが、途中靴を脱いで川を渡らなければならない場所に出くわした。

といってもカリ・ガンダキの大きな川ではなく(とても渡れない)、この川に入るトロンパス辺りからの支流の一部だったのだが、それでもそこそこ急流だし冷たいので結構難儀なものだった。

Annapurna2010small223 冷たさと久し振りに素足で川原石を踏んだ痛さで叫び声を上げているすぐ横で、ムクティナートからの乗り合いジープが悠々と川を渡っていった。

川を渡り前を見るとすぐ先にジョムソムの町並みが見えてきた。風が吹いてきたが、ここまできたらこちらのものだ。

Annapurna2010small224Annapurna2010small225  対岸の川で削られた岩壁には巨大な地層が大きくS字に曲がって露出している。どういう状況になればこんな地層が出来るのか皆目判らない。この印象的な地層を過ぎたところがジョムソムなので、丁度良い目印にはなるが。

車道は川を外れて山沿いに入っていったが、無理に削った道のようで至る所で土砂崩れが起きていた。

歩きやすいだろうが石でも落ちてきたらたまったものではないと、このまま川原を歩くことにする。

川を渡ってから1時間ほど歩いた12:00、ようやくジョムソムの街に到着した。

Annapurna2010small235_2 空港のある町らしくかなり綺麗に整備されている。最近車が入ったおかげでさらに新しい建物が続々と建てられており拠点の町らしくなってきた。でもそこに暮らす人たちはすぐには変わらないようで、店の主人など道端で日向ぼっこしながらお互いの毛づくろいに余念が無いようだった。

僕たちは空港入り口すぐ脇のチベット系のロッジに入る。ここも来る度にお世話になっていた宿だ。昼食はダルバートをいただいた。

ここでゆっくり過ごすのも良かったが、まだ時間は13時を回ったばかりだったので、ジョムソムの隣町である僕の好きな町「マルファ」に行ってみることにした。

マルファへは歩いて片道1時間だったが、歩くとなると流石に時間は無かったのでタクシーをチャーターすることになった。

拾ったタクシーは大昔の日本製セドリック。60~70年代の車だ。内装や外観は継ぎ接ぎだらけで満身創痍だが、エンジンだけは未だに元気でネパールでは現役で走っている。

信じられないことにバスも来ていたが、出発にはしばらく時間がかかるとのことだった。

運転手は無理やり拡張して作った車道を器用に走っていく。車道とはいっても、まだ穴だらけの砂利道で素人が運転しようものならすぐにタイヤを取られてしまうような悪路だった。電気も入っていない村の多いアンナプルナの裏側で、満身創痍のセドリックでラリーを体験できようとは夢にも思わなかった。

Annapurna2010small226Annapurna2010small227  マルファにはゆっくり行って20分ほどで到着。ここは町のメインの道から路地に至るまで壁が綺麗に白色で塗られていて、一見ヨーロッパの町に紛れ込んでしまったかのような感覚になる。

どうしてこのような光景になったのか未だに判らないが、他の町に比べて暗さが無く、住む人々も陽気な感じがするので、少なくとも心理的効果はあるようだ。

Annapurna2010small228 ここはリンゴとアプリコットの生産で有名で、収穫された果実を材料にブランデーも作られている。容器は空き瓶を再利用しているだけなので、キャップの締め付けがいささか心許ない。漏れない対策ができればお土産に良いかもしれない。

Annapurna2010small230Annapurna2010small229  路地では子供たちがビー玉遊びをしている。何人かは子守りをしながら遊んでいた。こんな光景、日本ではしばらく見ていないな。僕が小さかった頃は同級生がしていたっけか。

子供たちが遊んでいた所の前が「河口慧海」の記念館だった。この人は明治時代のお坊さんで、日本人ではおそらく初めてチベットを旅した人だと思う。チベット語を勉強するためにここに数ヶ月滞在したことがあったのだそうだ。残念ながらこの日は閉館していた。

Annapurna2010small231Annapurna2010small232  記念館の先にはゴンパの入り口があって、結構急な階段を20mほど登ったところに大きなマルファのゴンパが建っていた。ここはこの辺りで拠点的なゴンパらしく、宿坊や儀式を行う広場などかなりの規模だった。丁度夕方のお勤めのお祈りを行っていたところだったので、中にお邪魔させてもらった。

Annapurna2010small233_2Annapurna2010small234  17時頃にジョムソムの宿に戻る。夕食はいろいろ面倒だったのでまたダルバートにした。

次の日はいよいよ保養地ポカラだ。快適な部屋とシャワー、ふかふかの布団でゆっくり休める。そう考えるともう心ここにあらず、うわの空になってしまう。準備を済ませ早々に就寝した。

Annapurna2010small237_2Annapurna2010small236_2  翌日、ポカラへ飛行機の窓からはダウラギリの迫力ある姿を真横に眺められた。飛行機は川に沿ってしばらく飛んでいたが、やがてゴラパニ、プーンヒルの真下を通ってサランコット手前からペワ湖に入り、ほんの3~40分ほどでポカラの空港に到着してしまった。

5年前は飛行機を使わずタトパニ~ゴラパニ~ガンドルックとさらに7日かけて歩き通してポカラへ戻ったので、なんだかあっけに取られてしまった。

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2012年2月29日 (水)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 11日目 ムクティナート~カグベニ

2010年10月11日。

Annapurna2010small188_2Annapurna2010small189  ムクティナートの宿は快適だった。この宿は来る度にお世話になっているのだが、今回は部屋にガスのシャワーが入っていた。車道が入ってきてこの宿も潤ってきたのだろうか。久し振りのホットシャワーで、汚れや疲れを洗い流す。

夕方6時に夕食で食後すぐ倒れるように寝てしまい、目が覚めたのが朝6時。

Annapurna2010small190 11時間ぐっすり寝入ってしまったのは久し振りだ。おかげで体調はすっかり回復。ひと安心だ。朝食後7:45に出発。

もう飛行場まで下り坂しかないし、車道が通っている安心感からか、すこぶる調子が良い。

Annapurna2010small192Annapurna2010small191  ジャルコット手前までは比較的急な傾斜の道を降ってゆく。この辺り見晴らしが良く背後にムクティナートから歩いてきたトロンパス、正面はジャルコットからダンプスピーク。左手には8000m峰のダウラギリがうっすらと顔を覗かせていた。

Annapurna2010small193Annapurna2010small194  ジャルコットは突き出した稜線の上に築かれた城砦のような集落で、石積みの壁に泥を塗り、その上に白い塗料を被せた建物は、昔のシルクロードの町にタイムスリップしたかのようだ。

Annapurna2010small195Annapurna2010small196  だが今回来てみたら電線が町の至る所に張られてしまい、新しい寄宿舎も出来て景観がだいぶ損なわれてしまっていた。住民にとっては景観も何もあったものではないのだろうが、何か寂しい気がする。

Annapurna2010small198Annapurna2010small197  日本も同じような感じで変わっていったんだろうな、と思う。日本に来た外国人が、昔の景観にこだわる理由が分かる気がした。8:45に到着。

名前の末尾の「コット」というのは「遺跡」という意味なので、実際昔は砦か何かだったのかもしれない。周辺は手のつけられていない遺跡がたくさん眠っているそうで、実際遠目に幾つも断崖に掘られた墳墓と思われる洞穴や廃墟などが目に入る。

入り口には池があり、背の高いポプラの木で林のようになっている。マナンから木らしい木を見ていないので、なんだかほっとする。

Annapurna2010small199Annapurna2010small200  ジャルコットの中ほどで子供たちが食器を洗っていた。傍らに簡素な石臼があり、そこで大人たちが何か突いている。聞いたら乾燥させたヒマラヤ杉の葉っぱだそうで、お香の材料として使われるのだそうだ。こうやって作られていたのか。

ジャルコットを通り過ぎ、15分ほど歩いた場所で小休止していると、足元に妙な形の岩が転がっているのが目に入った。拾ってよく見てみると、なんとアンモナイトの化石だった。下流の川原で拾えるのは知っていたのだが、この辺りで見つかるとは初めて知った。

川のものは水流で磨かれて丸くなっているのが多いが、この辺りのは地層から直接剥がれ落ちたものらしく、はっきりと判るものが多いようだ。

Annapurna2010small201Annapurna2010small202  崖の中ほどには直径1mくらいの大きなアヤシげな石もあった。本物だったら大変珍しいのかもしれないが、そうだとしても重すぎて運べないだろう。

道はポプラの林を抜け、いきなり何も無い乾燥地帯に入っていく。この辺りは木が生えている場所との差が非常に激しい。正面だけ見ていたら、急に砂漠に放り出されたような感じだ。

途中から車道に合流した。車道といっても交通量はほとんど無く、僕たちトレッカーと巡礼のインド人達が歩いているだけだ。ごく稀にバイクや乗り合いのジープとすれ違う。今はどうだか判らないが、2010年当時はまだまだマイカーで来られるような場所ではなかったようだ。

Annapurna2010small203Annapurna2010small204  広がった道に多少戸惑いながらも、視界が良く歩きやすい道を、気分良く歩いていく。右手にだだっ広いヤクの放牧地が広がっており、その先の谷底には集落の跡が見えた。

後方はムクティナートやジャルコットが次第に小さくなっていき、先にある角を曲がると隠れて見えなくなってしまった。どうやらあの角で見納めだったらしい。

Annapurna2010small205Annapurna2010small206  その先で車道は直接エクレバティへ向かう道とカグベニへ向かう道とに別れる。僕たちはカグベニへ。急いでいるなら、エクレバティ経由で空港のあるジョムソムへ今日中に行ける。

Annapurna2010small209Annapurna2010small207  岩と砂と道しかない寂しいエリアを降っていく。だんだん風が強くなってきた。

この辺りは、どういう具合なのか知らないが午後から必ずと言って良いほど強風が吹き荒れる。強風といっても並みのものではなく、立っていられないほどの砂嵐になってしまうのだ。

前回はその中を何日か歩かされ、全身砂だらけになった事がある。サングラスが無ければ目を開けられないし、カメラも砂で壊れるのでザックの奥へしまわなければならない。

Annapurna2010small208Annapurna2010small210  ジョムソムの空港も、いつも午前中しか開いていない。午後はなるべく行動を避けた方が良いのだ。

ああきたか、と思ったがすぐ下にカグベニの集落が見えてきた。

Annapurna2010small211Annapurna2010small212  道は歩道と車道の2つあったが、歩道の方は歩くのは止めよう。途中の斜面が車道でえぐられ、行き止まりになっている。無理して降りられるような高さではなかった。しかも2010年時点では標識も無い。僕たちも100mほど引き返さなければならなかった。

急な崖に車道を作ったため、車道はくねくねとえらく遠回りに降りていった。それでも13:00、あっけなくカグベニに到着。昨日に比べたら物足りないくらいの歩行だった。

カグベニはジャルコットに似ていて、周囲の荒涼とした地形にぽつんと浮かぶ、オアシスのような村だ。川の水を引いてきて畑を作り、丁度収穫の時期だっただけに結構豊かな村に見える。この農地は日本人の技術支援によるものなのだそうだ。

Annapurna2010small213Annapurna2010small214  時間に余裕があったので宿に荷物を置いて村を散歩することにした。

村は入ってみると結構大きく、ほぼ全ての建物を石と泥で積み上げた城砦のように造っているので、さながら太古の遺跡の迷路に迷い込んだかのような錯覚に陥る。砂嵐と寒さを防ぐ生活の知恵だったのだろうか。

Annapurna2010small215Annapurna2010small216Annapurna2010small219   途中、村の中ほどにあるカグベニ・ゴンパに立ち寄った。チベット仏教サキャ派の寺院で、ここに住む若いお坊さんが中を案内してくれた。600年ほどの歴史を持つ寺院だそうで、本殿の端には当時の経典が今も大切に保管されている。

Annapurna2010small220Annapurna2010small217屋上にも上げてもらい、なかなか見られないカグベニ中心部を上から眺めることができた。

ここに来て初めて判ったのだが、この寺院は川の端に建っていて、寺院の足元を今も川の流れが削っている状態なのだ。

このまま行けば、この寺院が崩れてしまうのも時間の問題だろう。何か対策など立てていればいいのだが・・・。

12日目に続く。

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2012年2月24日 (金)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 10日目 ハイキャンプ~トロンパス~ムクティナート

2010年10月10日。

今日はいよいよ今回のトレッキングのハイライト、標高5.400mのトロンパス越えだ。

一般人が通過する峠の中では、世界一高く長い峠らしい。

長距離を歩かなければならないし、昼前からは峠は猛烈な風が吹くことが多いため、なるべく早く出発するのがこの峠越えのセオリーだ。

早朝5時。もちろんまだ暗いうちに荷物をまとめ、クッキーとミルクティーだけほおばって5時45分には出発した。

なんと外は吹雪。かなり寒い。だが前回よりは積雪もなく風もなかったので、まだ良い方だ。もし初めてだったら、きっと慌てていただろうな、と内心苦笑しながら出発した。

3度目となればお手の物である。何事も経験するというのは強いものだ。むしろ新雪なので歩きやすいだろう。

やはり、以前アイスバーンで滑れば谷底へ真っ逆さまだった場所は、うっすらと積もった普通の道だった。これならば峠まで問題なく歩けると思う。

Annapurna2010small163Annapurna2010small162  出発して1時間、ようやく辺りがうっすらと明るくなってくる。降雪は少なくなってきたが、霧に巻かれていて視界は無い。後ろから馬に乗った現地の青年が急に現れ追い越していった。きっとこの先で歩けなくなったトレッカーを見越して先回りするのだろう。

まったく商魂たくましいが、いざという時には心強いに違いない。

さらに1時間ほど歩くと中腹のバッティに到着した。一応宿泊もできるようだが、リスクが高すぎるだろう。

Annapurna2010small164 中はトレッカーでごった返していた。前回は12月上旬だったので僕をいれて5人程度だったが、今回は休める場所も無さそうだった。

高度順応もどうやらうまくできているようで、あまり疲れていなかったので先を急ぐことにした。

とはいえこの高度では歩き始めた途端に息が切れてしまうので、歩幅は牛歩の如く狭く歩くのだが。

Annapurna2010small165Annapurna2010small166  傾斜は緩くなってきて、視界もある程度広がってきてはいるのだが、あそこが峠だろうと行ってみたらさらに先が続いていたりというのを繰り返しながら、ひたすら登っていく。

気温はマイナス15度前後。タルチョも霧氷でガチガチに凍り付いていた。寒いのはもちろんだが、風が無いだけまだましだと思おう。

そのうち視界を狭めていた霧が消えはじめ、真上に青空が見え始めた。

Annapurna2010small167Annapurna2010small168  すると峠が祝福してくれたかのように目の前の景色が見え始め、前方に小さくタルチョと看板が確認できた。トロンパスに到着したのだ。8:45着。出発して3時間だった。

峠の頂にある標識は、以前よりタルチョが多く掛けられていた。それ以外は変わっていないようだ。

Annapurna2010small170Annapurna2010small169  振り返って歩いてきた方向は暗い雲が立ち込めて何も見えなかったが、峠の向こう側は綺麗な青空が遥か彼方まで続いていた。天気は良くなっていくようだ。

前方にダンプスピークやムスタンの山々が、壮大なスケールで目の前に迫っている。

あまりに広大すぎるし、空気が薄いせいか霞もほとんど無いので、毎度の事ながら遠近感や距離感がつかめず戸惑ってしまう。まるで壁に貼った大きな絵を見ているような感じだ。

Annapurna2010small171Annapurna2010small174  峠の稜線を辿っていくと、その先にはトロンピーク(6.144m)の巨大な山が迫っている。後日、同じ日に日本のパーティがこの山に登っていたと聞いた。無事成功しなのだろうか。

僕たちもこの峠にタルチョを掛けさせてもらう。この旗をかけるというのは、ヒマラヤの神様に無事に辿り着けたことへの感謝の意を伝えるという、チベットでの風習なのだ。

さすがに峠は風が強かった。タルチョをかけたり記念写真を撮っているうち体はすっかり冷え切ってしまい(何せカメラ操作のために手袋を外しただけで、すぐに手が凍えてしまうのだ)、取り敢えず脇にある小さなバッティに入って休憩することにした。

バッティは昔からある石を積み上げただけの簡素なもので、人間が10人も入れば満員になってしまう。

ここも例によって混雑していたが、背に腹は代えられないので詰めて座らせてもらった。

暖房などはもちろん無いが、風が無いだけでまだだいぶ暖かく感じる。でもここもマイナスだ。
この高度なので沸点が低く注文したミルクティーもややぬるめだったが、それでも体はじんわりと温まった。

こういう場所で一旦落ち着いてしまうと、なかなか立ち上がれないものである。結局トロンパスには1時間近く滞在してしまった。埒が明かないので「セイヤッ」と声をあげて一気に外に出る。うーさぶい。

9:30、トロンパスを出発。峠は風が強かったが、一旦降り始めたらピタッと止んでしまった。

Annapurna2010small173 雪は積もってはいたが、傾斜も緩く青空の下、壮大な景色を見渡しながらの歩行は素晴らしく気持ちが良い。

ずっとこんな道が続かないものだろうか。

Annapurna2010small172 積雪が薄くなってきた辺りでロバのキャラバン隊とすれ違った。なんと向こうから登り上げてきたのだ。

前途の通りムクティナート側からの峠越えは僕たちにはかなり困難なものなのだが、現地の慣れた人々には関係ないらしい。この時間でこの場所なら、出発時間は相当早かったに違いない。だがロバは息も絶え絶えといった感じで可哀相だったが。

しばらく歩くと道は急下降になっていく。雪はいつの間にか消えていた。ここは長い降りなので、細心の注意を払いながら歩く。以前は2回ともこの辺りで足に豆ができて、この後の歩行が大変だったのだ。

1回目は足裏に6個出来て全部つぶれ、プーンヒルまで歩くつもりがベニへ降りてしまった。2回目は全部歩けたが、やはり4個つぶれたので大変だった。どちらもここからさらに5日~8日歩くのだ。

途中で休憩した場所はスンパティの群生地だった。追いついてきたイギリス在住の日本人女性は知らなかったそうで、教えてあげたら大層喜んでいた。ひとつまみ、袋に入れて大切そうにザックにしまう。火をつけなくてもそのままでほのかな香りが漂うので、仕事場に置いておくのだそうだ。

Annapurna2010small175Annapurna2010small176  休憩した場所からさらに急降下。傾斜はきつくなっていくが、今回は雪が無かったために比較的楽に降ることができた。この辺りからムクティナートの集落が見えてくる。まだまだ先だが、視界に入ると安心感が違う。

前回この辺りは結構深い雪が積もっていて、アイゼンを使いながら慎重に降ったので結構時間がかかったものだ。

Annapurna2010small177Annapurna2010small178  急降下がひと段落した場所に宿が3件ほど立ち並んでいた。以前はバッティが2件建つ辺鄙な場所だったが、こちらからトロンパスを越える人が増えてきたのだろう。11:00に到着。

ここでまた休憩し、簡単な食事を済ませる。だいぶ降ったし日も昇ったので暖かい。同じ所で休憩したオーストラリア人のお姉さんはまだ20代前半で、一人旅でここに来ていた。

11:30出発。ここからは傾斜は緩くなり、歩きやすい道に変わる。ムクティナートも近づいてきて、気持ちも軽くなるせいか歩いていて楽しい。途中から車道を作っていた。まだ開通していないようだったが、もうジープなら入れるだろう。地元の人たちには良いのだろうが、なんだか複雑な気持ちになる。

1時間ほど歩いた辺りで道が二股に分かれていた。橋を渡ってショートカットできる道と、一旦川辺に降り川を渡って登りあげる道だ。当然橋の方へ歩いていたのだが、この橋、どこかおかしい。

良く見ると袂のロープを留める箇所が1本抜け落ちていた。分岐の所で知らせておいて欲しかったが、ここまで来て引き返すのも面倒だ。1本のロープなら大丈夫だろうと、慎重に渡ってしまった。後から来た外国人パーティは引き返していた。渡った感じ問題ないようだったが。

Annapurna2010small179Annapurna2010small183_2  そこからさらに1時間半ほど歩いて、14:00ようやくムクティナート入り口に到着。長い道のりだった。ここからはムクティナートや周辺の村々が一望できる。展望の良さは抜群だ。

ムクティナートまでなら過去3回来ていて今回4回目なのだが、今回来てみて大きく変わっていたのは、車のエンジン音が聞こえていたことだ。

Annapurna2010small180Annapurna2010small181  とうとうこの場所にも文明の力が入ってきたわけか。しかしよくここまで車道を通すことが出来たものだ。ここから先、カロパニという場所からタトパニまでは深い谷底を通るような険しい場所だったので、どこをどう通したのか不思議でならない。

Annapurna2010small182 ムクティナートは大昔から聖地として神聖視されていた場所で、ネパールだけでなくインドからも巡礼者が絶えず訪れている。今回車道が開通したことによって、巡礼者は飛躍的に増えたそうだ。

訪れた寺院では、山には縁がない一般人のらしい服装をした人達も多かった。

Annapurna2010small184Annapurna2010small185  村の上部に壁で囲まれた寺院が集まるエリアがあり、この中にチベット仏教、ヒンドゥー教の寺院がいくつも建っている。中心には清水を引いてきて108個の口に分けて落としている場所があり、これに浴びると魂が浄化され解脱できるそうだ。巡礼者でこれに浴びる人たちは多い。冷たい雪解け水だ。

トロンパスから比べるとまるで春のように暖かく感じられるが、ここはまだ標高3.700m。水浴びには寒すぎる。信仰の力は凄いものだなあ。

Annapurna2010small186Annapurna2010small187  隣には天然ガスが出ていて、何百年も消えていない火が祀られている寺院がある。この消えない火を目の当たりにした昔の人たちは、神様の力を感じここを聖地としたのだろうか。

寺院にお参りしている所で気が抜けたのか、急に熱っぽくなり気分が悪くなってしまった。

酷くはないがどうやら風邪の予兆らしい。村の散策はせず、大事を取ってそのまま宿に入り食事以外は部屋で休むようにした。

11目に続く。

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2012年1月14日 (土)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 9日目 ヤクカルカ~ハイキャンプ

2010年10月9日。

Annapurna2010small143 朝食の際宿のメニューにHARB TEAとあったので頼んでみた。

カップに一つ、小さな花が浮かんでいる。聞いてみたら何と「スンパティ」の花だそうだ。

スンパティとはチベットでお香に使われる、石楠花の木の一種だ。

高地では大きく育たず、その小さな葉からは上品な甘い香りが漂い、ネパールヒマラヤの高地でしか採れないため現地では高級なお香として流通している。日本では100gで10万円はすると聞いた。

ここでは安いお茶に使われるほどたくさん取れるようだ。お茶はほんのり甘く美味しかった。

今日はトロンパスの肩口にある宿、ハイキャンプを目指す。

高度も4000mを越え、8日間も登り続けているのでいい加減上り坂に飽きてくるのだが、明日が最後と自分を奮い立たせて頑張ることにする。

とはいえこの道は3回目なので初めて歩いたときより遥かに楽だ。

道を知っているというのは大きい。勉強の予習と同じなんだろうな。学生の頃に気付きたかったなおい。

朝8時出発。雪はないが足元は太い霜柱でガチガチに凍っている。

晴れているが谷間なので、陽が入るまでもう少しかかりそうだ。

Annapurna2010small146Annapurna2010small144  緩い登り坂を30分ほど歩き、以前からあるロッジ2件(前回ここで休憩した)を過ぎて長い吊り橋を渡ると、レダー(4.200m)という場所に着く。この辺りからようやく陽の光が入ってきた。

Annapurna2010small161Annapurna2010small160  ここは昔から宿があり僕も泊まったことがあるのだが、いい加減使い古されてくたびれてきており標高も高いので、宿泊するのはしんどいと思う。

紅茶を1杯頼んで小休止。ここから先はしばらく何もない。

道は緩い登りとフラットが交互に続く。所々に膝にも達しないくらいの低い樹木と草地、あとは荒涼とした石と砂だけの大地が続いている。

さらに1時間ほど登り上げ、ちょっと足場の悪い道になって川原まで降りた。トロンコーラはだいぶ小さくなってきている。少し下に新しい橋と道を作っていた。この橋を使うのもこれが最後になりそうだ。

橋を渡ると急登。すぐ上にバッティが見えるのだがなかなか着かない。標高が高いのですぐ息が切れてしまうのだ。

Annapurna2010small158Annapurna2010small159  10:30頃に対岸のバッティ到着。ここでお茶を頼み、持ってきたクッキーをかじって30分ほど休憩した。

この辺りには休める場所がここしかなく、やはりここで15人くらいのトレッカーが休んでいる。振り返るとアンナプルナの白い山々と、長く深い谷が見渡せた。

見ると50代くらいの日本人女性が、外国人のパーティに混ざって歩いていた。

聞いてみたらなんと一人で来たのだそうで、オーストラリアの人たちと宿でたまたま一緒だったらしく、しばらく共に歩くことになったのだそうだ。

荷物も全部自分持ちで結構しんどそうだったが、しかしこの行動力には恐れ入る。イギリスにお住まいのデザイナーだそうで、グローバルな価値観がそうさせているのだろうか。

11:00頃バッティを出発。少し河原のほうに降り、すぐフラットな道に変わる。

Annapurna2010small157_2Annapurna2010small145_3  快適な道だが、ランドスライド(がけ崩れ)エリアだけあって右手の斜面を見上げるといつ落ちてきてもおかしくはない岩だらけで落ち着かない。ここは早々に通り過ぎた方がいい。

途中、なんと自転車をかついて歩いている外国人とすれ違った。ポカラから出発し、僕らとは逆のコースでアンナプルナを一周しているそうだ。自転車で。

降りは快適にしても、登りはずっと自転車を担がなければならない。装備もそんなに担げるわけではないし、歩きよりも大変なんじゃないかと思った。しかも、トロンパスを逆側から登りあげたのだ。

トロンパスを逆から越えるというのは初心者ではかなり無謀といえるコースだ。

出発点のムクティナート3.700m(またはその先のバッティ)からトロンパス5.400mまでの標高差が1.700mもあり、途中に高度順応できる宿が一件も無いのだ。1日の標高差は500m以内に抑えるのが基本なので、これはかなり危ない。しかも大変急な登りで、降りでさえ歩行時間は10時間を越えるのに、それを登りあげるのだから13~14時間は見ないといけない。綿密な計画と、事前に別のエリアで高度順応するような準備がなければ難しいだろう。

僕たちが歩いている方向からトロンパスを越える方が緩やかに高度を稼げるため、遥かに簡単なのだ。

しかしまあここまで来たのだし、後は降るだけだ。おめでとう、気をつけて、と言って見送った。

僕たちはこれから登らなければならないのだ。

Annapurna2010small156 岩だらけのフラットな道を歩くこと1時間、12:00丁度にトロンパス麓にある宿、トロンフェディ(4.450m)に到着。近年上のほうにハイキャンプの宿が出来るまでは、この宿がトロンパス越え最後の宿だった。

サンルーフまで作っていて中は結構快適だ。ここで1時間、昼食をとることにする。

この辺りまで来ると緑もぐんと少なくなってきている。他のトレッカー達も高度順応に失敗したのか苦しそうにしている姿がちらほら見られた。

息苦しい場合はここで宿泊した方がいい。少しでも低い場所の方が、体には負担が少ないからだ。

しかし何せトロンパス越えは長丁場、早朝ここから出発するのとハイキャンプから出発するのとでは、疲労度が格段に違う。さらに峠は午前10時過ぎから猛烈な風が吹くことが多く危険なため、かなり早い時間に出発しなければならない。

高度順応ができているならば、なるべく上のハイキャンプに行った方が良いだろう。

幸い僕たちは息苦しくはないので、昼食後13:00にトロンフェディを出発。

道はトロンコーラ沿いから分かれ、右手の急斜面を川を背に登って行く。

宿の裏からいきなり急登。この辺りはガレ場で草も生えていない。日本の北アルプスにも似たような場所があるので、日本の山を登っているような錯覚を起こしそうだ。息苦しささえなければ。

とにかく無理はいけないので、ゆっくり一歩一歩、時間をかけて登る。

1時半ほどでようやく傾斜が緩やかになり、前方に宿の屋根が見え始めた。傾斜が緩いとはいえ、5.000m近い場所では疲労度はあまり変わらないような気がする。

Annapurna2010small155Annapurna2010small154  15:00前にようやく今日の宿、ハイキャンプ(4.925m)に到着。

宿はトレッカーでごった返している。僕たちはガイドさんが先行して先に部屋を取ってくれたので良かったが、中には部屋を取れなかった人もいた。その人達はせっかく今登ってきた道を引き返してトロンフェディの宿に降りていった。

Annapurna2010small153Annapurna2010small147  高度順応的には良いのかもしれないが、あの道をまた登り返さなければならないなんて、本当に残念そうなのが印象的だった。

一人でヒマラヤをトレッキングする人も少なくないが、こういった場合ガイドやポーターを雇っている方がかなり有利に働く。何かと融通が利くからだ。

日本など先進国ではこういうことはまず無いのだろうが、ことネパールでは人との接し方ひとつで事が大きく左右されたりする。この辺り僕自身勉強になった事が多い。

Annapurna2010small148Annapurna2010small149  ハイキャンプの宿から川の方には、半島のように張り出したちょっとしたピークがある。

荷物を置いた僕たちは時間もあったのでこのピークに登ってみることにした。

Annapurna2010small150Annapurna2010small151  この宿に泊まるのは3度目だが、このピークへはこれが初めてだ。前回は息苦しくてそれどころではなかった。

見る限りでは結構遠く感じられたのだが、歩いてみると案外近い。それでも30分はかかったが。

Annapurna2010small152 このピークからの景色はまさに絶景。断崖の先端なので足元に注意が必要だが、眼下にトロンコーラが流れトロンフェディの宿の屋根も見える。正面を向けばチュルー連山が聳え、右の川下にはアンナプルナ山脈の巨大な姿、振り返ればトロンパスへ至る谷の道もはっきりと判る。

思えばよく歩いてきたものだ。

10日目に続く。

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2011年12月 1日 (木)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 8日目 マナン~ヤクカルカ

2010年10月8日。

Annapurna2010small120Annapurna2010small121  今日はちょっと早めに出発。別にそんなに長い行程でもなかったのだが、標高3200mを越えそろそろ高度障害に注意しなければならなかったので、大事をとってゆっくりと歩くことにしたのだ。

7:30に宿を出て、マナンの集落内に入る。

昔からの古い石積みの街を歩いていると、自分たちが映画の中に入ったかタイムスリップしたような感覚になる。

ヒマラヤの山々との対比で余計そう感じるのかもしれない。

Annapurna2010small122Annapurna2010small123  集落は入り組んでいて、所々小さな道標があるものの見逃しやすく、直角に曲がる箇所もあったりで個人で歩く場合は間違いやすいと思う。

集落出口付近でストゥーパが乗った門をくぐる。内部の真上には古いカーラチャクラ曼荼羅が描かれていて、歴史を感じさせてくれる。

一見遺跡のようであっても、街に住む人々にとってはいつもの暮らし慣れた街でしかなく、その人の営みとのギャップが僕にとってはとても新鮮だった。

Annapurna2010small124Annapurna2010small125  街の門を通過すると、突然畑だけが広がる場所に出た。この辺りの集落はばらばらに散らばっているのではなく、まるで要塞のように固まっていることが多い。厳しい自然の中で暮らす人々の知恵なのだろうか。

Annapurna2010small126Annapurna2010small127  視界の良い道を登っていく。向かって左手にはガンガプルナが大きく聳えている。新しい大きなストゥーパを過ぎた辺りから振り返ったマナンの町並みは本当に美しかった。ヨーロッパの旅行者がまるでシャングリラ(桃源郷)のようだ、と言っていたが確かにそう思う。

一本だけ生えた大きな木(この場所でここまで育つのは奇跡だ)の生えるバッティを過ぎ、しばらく登るとまた石積みの集落に入る。

ここはアッパーマナンと言われている場所で、マナンの上村だ。旧市街のようなものらしく、集落は下のものよりさらに古い。所々崩壊しかけている箇所さえあった。

Annapurna2010small128Annapurna2010small129  小さな集落でここはすぐに通過してしまい、また畑の広がる斜面に入り正面に見えるストゥーパとマニウォールのある尾根の先端まで歩いていく。

そこから振り返るとそれまで歩いてきたマナン集落と肥沃な盆地、アンナプルナ山脈が一望に見渡せた。

Annapurna2010small130Annapurna2010small131  近く見えるが、ここまで丸2日かけて歩いたきた道なのだ。

ここがマナンが見渡せる最後の場所となる。ここからはトロンパスに向けてひたすら高度を稼ぐ単調な道だ。

ここからグンサンまでは道の傾斜が緩く、樹木も腰くらいに背が低くなって気持ち良く歩くことができた。途中道端でヤクの毛で糸を巻きながら土産物を行商している人がいたが、こんなところで売れるのだろうか。

グンサンは宿が2件だけある小さな集落だ。ここから先は主にヤクの放牧の際に一定期間暮らすための施設しかない。10:00に到着。

Annapurna2010small133Annapurna2010small132  5年前は高度順応の際マナンには滞在せず、ここまで登ってきた。そのときは冬直前のせいもあって外国人はおろか客は僕一人という有様だったが、今回はヨーロッパ人でごった返していた。ここで40分ほどゆっくり休憩。

以前僕が宿泊した手前の宿は外国人のホストファミリーが個人で建てた宿らしく、所々ヨーロッパらしい雰囲気を出している。ここで住み込みで手伝っているというフランス人に、この周辺で採れた今しか飲めないというアセロラジュースをご馳走になった。程よい酸味で疲れた体に染み渡る。美味しい!!

味を占めて他の宿でも注文してみたのだが、どこも薄めたり質が悪かったりで、ここでしか飲めないジュースだったらしい。

Annapurna2010small134Annapurna2010small135  ここから望むアンナプルナの山々もまさに絶景だ。前回ここで宿泊した際は、宿の窓からこの景色全てが見渡せる最高の部屋だった。夜も快晴だったので、ベッドからはっきりと見える空の天の川を眺めながら寝たのを思い出す(寒かったけど)。

もっと簡単に行ける場所ならば、素晴らしい観光地になっているのだろうが、片道1週間(飛行機なら3日か)かかる場所なのでここを知っている人はネパール人でも少ない。ネパールはこういう所が結構多い。それが良いのだが。

グンサンからは緩い傾斜の歩きやすい道をひたすら歩いていく。今まで沿って歩いてきたマルシャンディコーラ(コーラ=川)から別れ、トロンコーラに沿って源流の峠まで歩いていく。深い谷だ。

Annapurna2010small136Annapurna2010small137  視界は良好で素晴らしいが、アンナプルナはグンサンから見た景色からずっと遠ざかるだけで、谷の両サイドは変わり映えのない岩山なので感動的な箇所はあまりなかった。

12時を過ぎた辺りでチュルーウエスト(6.419m)が見え、そこから伸びる川にかかる長い橋を渡る。渡った先にはこの辺りで最後のマニウォールがある。石に刻まれた文字を見る限り、相当古いようだ。

Annapurna2010small138Annapurna2010small139  その先でようやく、今回初のヤクの群れに出くわした。以前はマナンの街辺りでたくさん見かけたのだが、不思議に思っていたのだ。聞けばこの時期は比較的暖かいので、ヤクにとって居心地の良い標高の高いエリアに移動させているのだそうだ。

Annapurna2010small140Annapurna2010small141  そこから歩くこと1時間、13:00に今日の目的地であるヤクカルカ(4.018m)に到着した。

ヤクカルカという地名はネパール中に結構あるようだ。直訳すると「ヤク置き場」となるので、なるほど分かりやすい。

Annapurna2010small142 早く着いたおかげか、宿の部屋はなかなか良い角部屋をいただけた。窓からはグンサンほどではないが、ガンガプルナが大きく見える。最近出来た宿(そういえば前回は無かった)だったので部屋も綺麗だったし、トイレも清潔だった。溜め置きの流すための水は凍っていたが(>_<)。

さらにこの宿はなんと自家発電機を導入していて、斜面から水を引き、水力発電で各部屋に明かりを入れてくれていた。電球が一つだけだが、これがとてもありがたいのだ。

マナンのような比較的大きな集落はもちろん電気が通っているが、小さな村や人が住まないこの辺りはまだ電気の無い所が多く、あってもソーラー発電をバッテリーに溜めたものを使っていて、夜遅くなると使い切ってしまう所がほとんどなのだ。

宿の庭では現地の人たちが行商していた。お土産ももちろんあるが、宿のスタッフのための日用品も結構売っている。中に一人、障害を持つ人がリンゴを売っていた。プラカードには生まれつきの障害であること、生活費を稼いでいる旨が英語で書かれている。

現地の人たちはとても仲良く接している。そういった助け合うコミュニティがちゃんと出来上がっているのだ。
リンゴを3個買い、ダイニングルームでみんなでいただいた。

9日目に続く。

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2011年11月22日 (火)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 7日目 マナン滞在

Annapurna2010small102_2Annapurna2010small103  2010年10月7日。

今日は高度順応のためマナンに一日滞在する。天気は快晴。早く起きてしまったので、宿の屋上でアンナプルナを眺める。紅く染まったヒマラヤの山々が、徐々に白く神々しい姿に変わっていく姿は一見の価値がある。

Annapurna2010small104Annapurna2010small105  一日宿にいるのもつまらないので、朝食の後マナンの北斜面のにある「プラケン・ゴンパ」へ行くことになった。

このお寺は小さいが、マナンの菩提寺のようなお寺で、マナンの街を見下ろすように遥か上の断崖に建っている。

なぜ街中に建てず、あんなところに建てたのだろうか。

大昔からあそこにあったそうだから、何かあったんだろうとガイドさんは言っている。

Annapurna2010small106Annapurna2010small107  確かにこのマナンは大昔、マナン王国があった場所だ。その名残なのだろうか。

実は7年前に僕は一度訪れた事がある。驚くのは電気も無いこの小さなお寺には人が住んでいるのだ。

Annapurna2010small108Annapurna2010small119  その住職さんはかなりお年を召していたて、ご夫婦で生活していた。もう降りられないので、村人が定期的に食材を運んできてくれるのだと言っていた。生きていれば92歳を越えているはずだが。

Annapurna2010small118Annapurna2010small117  9:30に宿を出発。宿の場所はマナンの下村に位置していて、少し歩くと石積みの古いマナンの街中へ入っていく。聞くところでは400年くらい前から使い続けている集落だそうで、世界遺産になっていてもおかしくないのだそうだ。

石を組む際には、ヤクの角をストッパー代わりに石の間に挟み、石を積み上げている。鉄が貴重だったためだ。

地震の際にも(ヒマラヤでも地震は起こる)、この知恵のおかげで今も残っているのだ。

集落を抜け、急な斜面を直登していく。標高3.200m付近とはいえ、息の上がりが早い。

傾斜が緩くなったところで振り返ると、アンナプルナ山脈の雄大な姿が霞なく広がっていた。どこか長野安曇野から見た北アルプスの雰囲気に似ているが、スケールはもちろんこちらの方が桁外れにでかい。

Annapurna2010small109 新しいストゥーパを過ぎると畑が広がっている。こちらも小麦の収穫で村人が働いていた。のんびりと。

ヒマラヤの巨大な山塊と、農作業する人々があまりに対照的で不思議な気持ちになる。

道は再び狭く急坂になっていくが、多くの人が通ったためか歩きやすかった。

風化にさらされた奇岩を過ぎ、3つの小さなチョルテンからひと登りで11:30、プラケン・ゴンパに到着した。

Annapurna2010small111Annapurna2010small110  ここからの眺めは圧倒的だ。

左手からアンナプルナⅡ~Ⅳ、ガンカプルナからティリチョピーク(ニルギリか?)まで、アンナプルナの裏側が全て見渡せるのだ。今まで歩いてきたマナンへの川沿いの道も良く見える。

7年ぶりにゴンパの中へお邪魔した。

なんと、以前お会いしたゴンパのラマさんはご健在だった!

Annapurna2010small114Annapurna2010small116  お茶をいただいた奥さんの方は、残念ながらお亡くなりになっていたが、代わりに娘さん(といっても70代)がお手伝いに来ていて、もてなしてくれた。

旅の安全と今後の息災を、ラマさんにお祈りしていただいた。お祈りの際、首にお守りの紐をかけてもらった時は思わず涙が出そうになってしまった。

Annapurna2010small112Annapurna2010small113  7年の間、いろいろな事があった。長かったような短かったような。それらの思い出を浮かばせながら、またここに戻ってきて再会できたご縁に感謝した。ラマさんはその間、ずっとここに居られたのだ。

Annapurna2010small115 12:00、晴れやかな気持ちでゴンパを出発。少し雲が出てきたアンナプルナの山々を眺めならがら、マナンの街へと降っていく。

途中雑貨屋などに入りながらゆっくりと歩き、13:20に宿に到着した。

少し遅めのランチを食べて、この日の午後は宿でのんびりと過ごした。

8日目に続く。

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2011年10月27日 (木)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 6日目 ピサン~マナン

2010年10月6日。
Annapurna2010small072Annapurna2010small071  ピサンで宿泊した宿は、7年前に宿泊した所だった。
前回は国内情勢が落ち着かなかったせいか宿泊者が僕以外にいなく、調理室に入って宿の人と一緒に暖をとっていたものだったが、今回は多くの宿泊者で賑わっていた。
朝食を済ませた後、朝8時に出発。

Annapurna2010small073Annapurna2010small070  この辺りから周囲の風景は一気に変化し、荒涼としたチベットの風景に変わっていく。
建物も木を組み合わせたものから石積みの簡素な建物が増えていき、マニウォールも綺麗なものが増え、いよいよ秘境に入ったような実感が沸いてくる。
ピサンの集落は2箇所に分けられていて、僕たちが泊まった場所はローワーピサン、川を挟んで50mほど上に登った場所はアッパーピサンと言われている。
ここを分岐点として、マナンへ至る道は2箇所に分かれる。ローワーピサンから川沿いに下の平らな道を進む道が一般的だが、川を渡ってアッパーピサンへ登り上げ、山の中腹を進む道も、アンナプルナ全体の迫力ある展望が見渡せて楽しい。ただし道が険しいので1日余計必要になる。

Annapurna2010small074Annapurna2010small075  僕たちは時間が無かったので、川沿いの道を歩いた。こちらもピサンピークやアンナプルナⅡを眺められるので悪くない。

しばらく樹林帯の緩い上り坂を歩く。向かって左手には時折アンナプルナⅡのピークが見え隠れし、左手はアッパーピサンの集落と上にピサンピークが少し顔を覗かせている。後ろには通ってきた道とヘブンズゲートが凄い違和感とともに聳え立っている。改めて巨大な岩の塊なんだということが判った。

Annapurna2010small076Annapurna2010small077  1時間ほど歩いたところで小さな峠に到着。少し手前から車道を作るために広げた道と合流した。できるところから広げていこうということなのだろうか。
峠からマナン方面を見渡すと、フムデの空港からティリチョピークまで一望できる。このピークの下には、ティリチョ湖という世界一高い場所にある湖がある。
空港がすぐ近くに見えるのだが、実際に歩くと実はあと2時間くらいかかる。この日は空気が澄んでいたので、遠近感がおかしく感じた。

Annapurna2010small078Annapurna2010small079  峠を越えてからはまた元の狭い道に戻り、日陰の急坂を少し降る。途中ガイドのナワンさんがなにやら拾っていたので聞いてみたら、この時期食用のキノコがたくさん生えているのだそうだ。宿に入ったら料理してくれるとのことだが、大丈夫なんだろうか(後日調べたら、なんとマツタケの一種らしかった)。

Annapurna2010small080 15分ほどで急坂を降りきると、あとはほとんどフラットで開放的な歩きやすい道に変わった。
杉林の中を歩くが、間隔が広いので視界は良好だ。
しばらく歩くと、左手にアンナプルナⅢが見え出した。ここから見るアンナプルナは迫力があるが、明るすぎてなかなか構図が決まらない。
Annapurna2010small081Annapurna2010small082  後方にはピサンピークが綺麗なピラミッド状になって見えている。ナワンさんはその昔、このピークに上ったことがあるのだそうだ。一見簡単そうに見えるが、なかなか難しい山らしい。白く見えるのはほとんど氷だそうだ。

11時頃にフムデに到着。途中のロッジに立ち寄ってお茶を飲む。小さな子供が笑顔で出迎えてくれた。
フムデは小さな集落だが、中心部には立派なマニウォールが建っている。200メートルは続くこの壁の屋根のすぐ下には、丸めて上部を尖らせた小さな置物がいくつも並べられている。聞いてみたらこれはこの集落で亡くなった方々の遺灰を混ぜて作られたものだそうだ。
これが位牌の代わりでもあるし、この集落と道行く旅人を守る役割もしているのだという。

Annapurna2010small083Annapurna2010small085 マニウォールを過ぎるとフムデの空港のゲートに着く。2010年10月現在は工事中で閉鎖されていた。
滑走路の一部が崩れてしまったらしい。
ここまで飛行機で来てこの周辺を散策したり、ここからムクティナートまで歩くトレッキングも日程が短くて面白いかもしれない。

Annapurna2010small086Annapurna2010small087  空港を過ぎると風化にさらされた奇岩が立ち並び、小さな池がある場所に出る。北アメリカやカナダでこんな風景がありそうな感じがする。

すぐ川を渡り、小麦畑が広がる場所に入った。この時期は収穫の季節らしい。標高は3300mを越えているのだが、小麦は結構収穫できるようだ。
Annapurna2010small089Annapurna2010small090以前訪れた時期は11月末~12月にかけてだったので荒涼とした場所に見えたのだが、1ヶ月違うだけでこんなにも違うものなのだろうか。

マナンの入り口を示す大きなストゥーパを通り過ぎると、すぐ右手に石と土で積み上げたブラガの集落が見えてくる。ここには古い寺院があるそうで、機会があればぜひ訪れてみたい所だ。
Annapurna2010small091Annapurna2010small086_2  時間が無いので入れないが、時間は13時を過ぎていたので、ブラガが見える道沿いのロッジで昼食をとることにした。ここのハーブティーがとても美味しかったのだが、何だったのか忘れてしまった。

Annapurna2010small096Annapurna2010small094  昼食後すぐに出発。いよいよマナンまで1時間だ。
幅の広い道を歩いていくと、3つのチョルテン(塚)から長いマニウォールと続き、古いストゥーパの門を右手に見て、マナンの集落が近づいてくる。規模の大きさや風化の度合いからして歴史のある街なんだということが分かる。

Annapurna2010small098Annapurna2010small100  村の人々の刈り取り、脱穀の作業を道すがら見つつ、15時にマナンに到着した。
ほとんどフラットな道だったので、気持ち良く歩けた一日だった。こんなトレッキングが毎日続けばいいのになあ。

7日目に続く。

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2011年8月 7日 (日)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 5日目 チャメ~ピサン

2010年10月5日。

早めの朝食を済ませ、7:30にチャメを出発する。

Annapurna2010small058 このところ電気の無い生活をしていて就寝が8:00頃なので、どうしても起きるのが早くなってしまう。だが早朝、自分の部屋からラムジュン・ヒマールが赤く染まっているのを見れたのはラッキーだった。

Annapurna2010small060Annapurna2010small059  チャメの出口付近には綺麗なストゥーパが建てられており、右手には新旧入り混じったマニ石が積まれている。この新しいストゥーパ、以前僕が5年前に歩いたときはまさに建てている最中だった。こんな立派なものだったんだ・・・とちょっと感心。

道は緩い上り坂とフラット。狭い箇所、広い箇所が交互に続いていた。明らかに車道を造るために広げられている。あと2,3年すればマナンまで延びてるんじゃないだろうか。

Annapurna2010small061Annapurna2010small062  2時間ほど歩き、大きな蕎麦畑を右手に見て、すぐ次に林檎畑入ったところがバラタンという集落だ。前回はここで蕎麦のパンケーキなるものを食べたのだが、とてもおいしいと言える代物ではなかった。蕎麦粉を西洋風にアレンジしただけで、たぶん現地の人も食べてないのだろう。

ネパールでは蕎麦は「デュロ」といって蕎麦がきのようにして豆カレー(ダル)と一緒に食べるのが一般的だ。日本の蕎麦粉とほぼ同じなので、カトマンズなどの日本食屋でも、日本のそばは作られているのだ。

Annapurna2010small063Annapurna2010small064  バラタンを通過してすぐ、垂直の断崖の下をくりぬいて作った道にさしかかった。上を見上げるが、どこまで崖が続いているのか見当もつかない。左手は激流が流れているし、他に道を作るスペースが無かったのだろうが、車道はどこを通すつもりなのだろうか。

断崖の道を越えて、日本の林道のような道を歩いて角を曲がると、急に巨大な石の壁が聳える光景に出くわした。その名も「ヘブンズドア」というらしい。海外の旅行者が勝手に名づけたものだと思うが。

Annapurna2010small065Annapurna2010small066  しかしその名前がまさに相応しいものと思えるほど、毎回来る度にここの情景には圧倒され、スケールの感覚を無くしてしまう。

あまりの巨大さに例えるものに困ってしまうが、大きな山一つ全てが巨大な一枚岩なのだ。おまけに表面は磨かれたかのように見事に削られていて、ますます訪れる者の現実感を無くさせてしまう。氷河が削ったのか、砂浜の跡が隆起したのか。

Annapurna2010small069 そのありえない情景を横目に見て、道は樹林帯の中に入っていく。川を渡ってすぐ急登したあと、しばらく緩い上り坂を歩く。1時間半ほど歩くと、急に比較的新しい集落(というよりロッジが集まっているだけ)「デュクレポカリ」に到着した。以前より宿が倍くらい増えていた。そんなに儲かるのだろうか。車道が出来たら客は減ると思うのだが。

ここで昼食。ミックススプリングロールなるものを頼んでみるが、あまりのしつこさに食があまり進まなかった。ファンタを飲みながら、何とか完食。

Annapurna2010small068Annapurna2010small067  デュクレポカリからは道は比較的フラットで歩きやすくなり、視界は広がり、気持ち良く歩けるようになった。小さな池や沼などが点在し、樹林帯の裏に聳える巨大なヘブンズドアを見ながら歩いていると、カナダ辺りの山を歩いているかのようだ。行ったことはないが、たぶんこんな感じなのだろう。右手にはアンナプルナⅡ手前の稜線が顔を覗かせている。

1時間ほど歩いた15:10、ピサン下村(3.200m)に到着。ここからは石積みの家が多くなり、チベット色が一層濃くなっていく。雰囲気はがらっと変わる。

しかしやはりここにも電気は来ていなかった。

6日目に続く

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2011年4月21日 (木)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 4日目 ティマン~チャメ

2010年10月4日。

Annapurna2010small038Annapurna2010small039  この日は前日と打って変わって晴れ渡っていた。前日は霧に包まれ判らなかったが、ティマンは今までの谷間の村とは違って一段の台地上に位置するため、開放感がある。

逆光だったが、マナスル山脈が迫力ある姿ではっきりと見えた。

Annapurna2010small040 朝食後、8:20に出発。ロバのキャラバン隊とすれ違いながら、車道造成のため広げられた
道を気持ちよく進む。

この辺りから、小さな虫(蚋だと思う)が目の前をウロチョロと漂い始めてちょっと鬱陶しい。

谷間を覗くと、遥か下に川が流れ、それに沿って以前歩いた道が延びていた。

集落があったはずだが、今はどうなっているのだろう。

Annapurna2010small042 そのうち道は細くなるが、視界はさらに広くなり、開放的な土地に入った。下の道を歩いていた
時は上にこんな場所があるなど想像もつかなかった。

現地の人は判っているようで、いちばん見晴らしの良い場所にバッティがあった。

Annapurna2010small041 そこで小休止してレモンティをいただく。この辺りから小麦畑が広がっていて、黄金色の麦穂が風に揺れていた。丁度収穫の時期のようだ。この辺りはタンチョクという場所らしい。

道すがらの民家では豆や杏、とうもろこしなどを天日に干している光景がちらほらあった。

Annapurna2010small043Annapurna2010small044  前回は11月に歩いたので見られなかったが、1ヶ月違っているだけで、緑も多く結構変わっているものだ。

集落を抜けると、リンゴ畑があった。この辺りのリンゴは小ぶりだがとても甘い。

聞いたら以前、JICAで派遣された日本人が日本からリンゴを持ってきて、マルファ周辺で植林したのがきっかけで広がっていったのだそうだ。

丁度収穫していたので、ガイドのナワンさんが交渉してくれていくつか分けてもらった。

Annapurna2010small045Annapurna2010small047  これから5000mの峠を越えるにあたって、新鮮なフルーツはかなり助かる。

少し歩くと、初めてアンナプルナⅡの先端が顔を見せた。しかしすぐに手前の山の斜面にかかってしまい隠れてしまった。明日に期待しよう。

Annapurna2010small048Annapurna2010small046  道は背の高い樹林帯に入っていき、しばらくあるくとコトの集落に入った。

コトは小さな集落だが結構活気があった。ここからはさらに奥地の秘境、「ナー」、「プーガオン」へ行ける道が分岐しているので、物資が集まるのだろうか。

この秘境は、宿も無い道を3日ほど歩がねば辿り着けない本当の秘境で、昔ながらの生活が未だに続けられている土地だ。巨大な岩壁が両端に聳える深い谷間を抜けると、その場所はある。いつかぜひ行ってみたいが、キャラバン隊を編成しなければならないので少々お金がかかるのだ。

Annapurna2010small049Annapurna2010small050  コトを通過し再び樹林帯の中を進む。

ここも蚋が多い。以前歩いた11月はいなかったので、この時期だけなのだろう。手の甲を刺されたようで結構腫れた。

Annapurna2010small051Annapurna2010small053  川音が近くなり視界の狭い道を1時間ほど歩き、13:00、チャメの集落に入った。

チャメはこの辺りのセンターポイントで、行政機関や銀行、軍隊まで入っている割と大きな村だ。

Annapurna2010small052Annapurna2010small054  以前マオイスト(共産ゲリラ)が暴れていた頃はこの拠点を巡って攻防があったらしい。

集落の中心部はちょっとした街の中を思わせる造りになっている。商店にも結構品物が並んでおり、トレッキングに必要なものだったら大概は手に入る。品質はこの際目を瞑ろう。

僕は誘惑に負けて高価なプリングルスを買ってしまった。

ナワンさんがどこからか油で揚げたドーナツ状の食べ物を買ってきて分けてくれた。

Annapurna2010small055Annapurna2010small056  結構重たかったが、なかなか美味しい。昼食がまだだったので、空腹に負けて全部食べてしまった。それがたたってか、胃もたれして夕食まで何も食べられなくなった。

橋を渡った対岸の宿に入った。なかなか良かったが、残念ながら電気は来ていなかった。数日前にこの村の発電所が壊れたそうで、復旧にはあと3日ほどかかるとのことだった。不便だが仕方が無い。

Annapurna2010small057 ここはまた温泉も少し湧き出しているのだが、様子を見に行った人の話では汚れていてとても入れたものではなかったそうだ。だが湧き出している箇所だけは綺麗だったので、なんとナワンさんがバケツにお湯を汲んで持ってきてくれた。

おかげで久し振りのお湯で顔と頭を洗うことができた。電気が無くても気持ちよく過ごすことができ本当にありがたかった。

5日目に続く。

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2011年3月25日 (金)

2010年ネパールトレッキング アラウンドアンナプルナ 3日目 タル~ティマン

2010年10月3日。
Annapurna2010small021_2Annapurna2010small023  タルの村を7:30に出発。この辺りまで来ると朝はだいぶ冷え込んでくる。息が白かった。
村の外れに3つの塚とマニ車をはめ込んだ門がある。チベット文化圏に入った証拠だ。
このエリアは、ヒンドゥーのネワール文化圏からチベット文化圏へ変化する過程を日を追って見られるので、結構楽しい。
Annapurna2010small024Annapurna2010small022  少し歩くと、道は崖を登り始めた。いつもの道が川に流されたので急遽崖を削って作られた道
だそうだ。下は激流が下り、道幅は狭く日本では絶対通行禁止になるような道だが、ネパールでは普通に荷を乗せたキャラバン隊や小さい子供たちが行き来している。
対岸は車道の下地作りなのか、断崖の真ん中辺りを作業員らしき人々が一生懸命削っていた。この傾斜では車が通れるように広げるまでどれほどかかるのだろうか。
道は川沿いに戻り、激流のすぐ横を、所々小さな滝のしぶきを受けながら通過していく。
するとすぐ橋が見え対岸に渡る。ここでようやく、太陽の光に当たることができた。それまで寒く道に霜まではっていたが、急に暑くなり風が無ければ真夏のような陽気になる。ヒマラヤの中腹付近はいつもこんな感じだ。
Annapurna2010small025Annapurna2010small026  来ていた服を脱ぐために小休止していると、ものすごく大きく重たそうな荷物を背負ったポーターが橋を渡ってゆっくりゆっくり、歩いてきた。僕たちと同じ場所で休む。顔を見るとかなり老齢な感じに見えた。
聞いてみたら、なんと74歳なのだそうだ。「歩けなくなるまで仕事はするよ。」半分になった白い歯を見せて笑いながらそう答えてくれた。
Annapurna2010small027Annapurna2010small028  緩やかな上り坂を少し進むと、道はまた対岸へ。今回でいちばん長い橋だったかもしれない。
橋を渡ったカルテという集落は今回休憩せずに先に進んだ。
15分ほど進んで、またも対岸へ。11:30、橋を渡ってすぐにダラパニの集落に入る。
以前宿泊した宿も変わらず残っていた。ここで昼食にするつもりだったが、もう少し歩けば次の村だったのでもう少し我慢することにした。
集落の外れで小休止。だいぶ暑い。バッティで売っていたリンゴが本当に美味しい。このお店の小さな女の子と一緒に食べた。
対岸にも小さな集落が見える。この先の谷間をずっと進むと、マナスルへ行くそうだ。道は難しくないそうだがトレッキングにはキャンピングが必要で、個人で行くには費用がかかるのだが、いつか歩いてみたいコースだ。
Annapurna2010small029Annapurna2010small030  次の村まですぐ到着すると思っていたのだが、結構時間がかかってしまった。道は以前より広がっていたので歩きやすい。
12:30、バガールチャップ到着。入ってすぐ左手の宿で昼食。フライドライスが美味しかった。
時間が無いので食休みもそこそこに出発。坂道をどんどん進む。
Annapurna2010small031Annapurna2010small032  30分ほど歩いたところでダナキュウという集落に入る。坂道の道沿いに家が立ち並ぶのどかな村だ。
この辺りからマニウォールが見え始める。たまに気晴らしに手を出してマニ車を回転させながら、村を進む。
前回もそうだったが、この村は子供が多い気がする。
この辺りから振り返ると、マナスルの迫力ある山々が見え出すので感動的なのだが、残念ながら今回は曇っていて見えなかった。それどころか小雨が降りだしてきた。
Annapurna2010small035Annapurna2010small034  ダナキュウを過ぎると道は森の中に入る。以前の道は崩落していて使えないようだった。迂回するように左側へ入っていき、廃道になった古い道との分岐点を左に入っていくと、道は急に細く傾斜のある上り坂になる。
結構危なっかしい道なのだが、キャラバン隊も構わずここを通過している。よく事故など起きないものだ(起きてるかも)。急勾配の石段を登り続けること1時間、急に広くフラットな道に出た。
Annapurna2010small036Annapurna2010small037  以前から車道を作っていた場所だ。5年前も歩いたがあまり変わっていないところを見ると進捗はあまり良くないようだ。
広い道からまた山道の上り坂に変わる。以前はここに作業員の小さな小屋があるだけだったが、今年は2件のバッティが営業していた。お客はあまり来ていないようだったが。
この辺りまで背の高い樹木が茂った森だったが、バッティを過ぎた裏手から急に木がなくなった。
ここがティマンという村だ。雨は止んでいたが、代わりに霧が深くなっており、寒気が格段に増した。
16:30に到着し前回宿泊した宿と同じところに部屋を取る。
宿は変わっていなかったが、環境は格段に良くなっていた。
まず電気が来ていた。さらにガス湯沸かし器が入っていて、ホットシャワーが使えたのだ。
唯一残念だったのは、前回はカトマンズ帰りの元コックがスタッフに居て美味しいダルバートを食べられたのだが、今回は居なくて普通のダルバートだったことだ。いつかまたあのときのダルバートを食べてみたいものだが。

4日目に続く。

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