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2010年4月 9日 (金)

白馬岳~白馬鑓温泉トレッキング 2日目

翌朝、やはり雨。それどころか強い風も吹いている。この日は白馬鑓ヶ岳経由で鑓温泉まで歩く。晴れていれば白馬岳山頂にも行きたかったが、今回はキャンセル。

風ならまだしも霧に巻かれたら終わりなので気をつけて歩くことにする。不帰キレットへ行く訳ではないのでまあ気楽なものだが。

横殴りの雨の中、ひたすら尾根伝いに歩く。顔に当たる雨が忌々しい。

同じコースを歩く老夫婦がいたので、抜きつ抜かれつ離れないように歩いていった。こういうのも何かあったときのための遭難を防ぐちょっとした知恵だ。

途中、なんと雷鳥の親子に出くわした。たまたまだと思うが、僕たちが歩いていく道の上をずっと先導するように逃げていく。ずっと僕たちが追いかけていくような形だ。白馬鑓ヶ岳山頂付近まで付いていったので、まるで霧の中僕たちを案内してくれたかのようだった。

白馬鑓ヶ岳山頂は雨と霧で何も見えず。写真も撮れずに通過。ガレ場をしばらく降り、縦走路との分岐点から鑓温泉方面へ降っていく。

4年ほど前に一度同じ道を歩いたことがあったが、この道は雨が降ると結構危ない。特に鑓温泉手前の鎖場はかなり滑りやすく、しっかりと3点支持で降っていかないととてもじゃないが通過できない。片足が滑るなどしょっちゅうだった。

2009hakubayarionsen1 朝早く出ただけあって、12時前には鑓温泉に到着してしまった。

小屋に入る手前で、2人の男性に話しかけられた。聞けば雑誌「ブルータス」の記者さんだそうで、記事の企画でこの温泉まで取材に来たのだそうだ。

「上から降りて来た登山者」ということで、1枚写真を撮られてしまった。「掲載されたらお送りしますね」と僕の自宅の住所を控えると、間もなく彼らは下山していった。下山の道のりも結構長丁場なので、この時間から下山すれば恐らく駐車場に着くのは薄暗くなってからだろう。記者も仕事とはいえ大変である。

小屋はもう翌日に営業終了というタイミングだったので、スタッフが片付けを始めていた。この小屋は夏の間だけ小屋を組み立てて営業し(白馬尻小屋もそうだが)、営業期間が過ぎれば跡形もなく解体してしまうのだ。

温泉は源泉をそのまま引き込んで掛け流している。お風呂に入りきらないお湯はそのまま川に流れ落ちていて(そっちの方が量が遥かに多い)、本当の天然の秘境の温泉なわけなのだが、どこか「もったいない」という気持ちが僕の中で否定できない。

まあここまで歩いてこれた人だけの特権、ということで割り切ろう。

2009hakubayarionsen2_2 しかしこの温泉、熱すぎる。50度近くあるんじゃなかろうか。10分もかけて足までつかり、もう10分かけて温度に慣れようとしたが1分と入っていられないほどの熱さだった。

そういえば前回訪れたときもかなり熱かったと記憶していたが、入るまですっかり頭から抜けてしまっていた。

とてもじゃないが入っていられないので早々と小屋の中へ引き返し、雨で湿気た着物を乾かしつつ、この日は早々に寝た。

3日目。相変わらず雨。しかし昨日のような風は無いのでいたって快適だ。

2009hakubayarionsen3朝食を食べた後ゆっくりと出発。今日は降りるだけなので気が楽だ。鑓温泉直下の草地は、もう晩秋で紅葉真っ盛りの時期なのに、辺り一面高山植物の花が咲き乱れていた。ここの辺り温泉の地熱で暖かいらしい。

途中大きな土砂崩れが2ヶ所あり、道がだいぶ変わってしまっていた。それでも11時過ぎには猿倉に到着。スリップに気をつけて歩いたせいか長く感じたので意外だった。

Carefreecafe 帰りはまずケアフリーカフェでランチ。ここは昨年から度々使っている喫茶店で、高床式のログハウスの中で寛げて気持ちがいい。

その後倉下の湯で温泉にゆっくり浸かる。平日だったのでほとんど貸し切りだった。だいぶ体が冷えていたらしい。なかなか温まらず、30分は入りっぱなしだった。僕にしては珍しい。

弟と別れたのは3時頃。どこも寄らず一気に帰ったので、5時半には群馬の家に着いていた。

~2ヵ月後。

Brutus1Brutus2  ネパールから帰ってきてみると、「BRUTUS」という本が一冊届いている。

すっかり忘れていたが思い出し、自分が載っているであろう鑓温泉のページを見ると・・・、載っていた。

僕のレインコートだけが小ーさく。この程度ならわざわざ送ってもらわなくても( ;´Д`)。

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2010年4月 3日 (土)

白馬岳~白馬鑓温泉トレッキング 1日目

もう半年も前になってしまうが、9月に弟と白馬岳へ登ってきた話。

当時弟は岐阜に住んでいたので(今は群馬だが)、朝8時に白馬村八方尾根入口の駐車場で弟と待ち合わせた。冬場は知らないがここはこの時期無料で開放されているため便利だ。

あまり眠れなかったので、少々眠い。猿倉までは弟の車に乗せてもらい一台で向かった。

猿倉登山口からいきなり雨。この年はどういうわけか雨の日が多かった。このひと月前に雨の中大峰奥駈を歩いていたため、そんなに抵抗は無い。慣れとは恐ろしいものである。

一応登山届けを書き、ゆっくりと砂利道の車道を歩き始める。1時間で登山道に変わる。

もう1時間かからずに白馬尻へ。雨はいよいよ本降りになっていた。まだ11時前だったが、この先雨露をしのぐ場所もないし、早めの昼食。コンビニ弁当。白馬尻小屋のスタッフに話しかけられ、中で暖をとりながらお茶をいただいた。9月末の平日だったので、スタッフも暇そうだった。

白馬尻から15分ほど歩き、白馬大雪渓のとっつきへ。先端はもうほとんど溶けていて、とても近づけたものじゃない。しばらく雪渓の脇の斜面を伝って歩いていくが、道はほとんど崩落しており自分でルートファインディングしながら登っていかなければならなかった。

1時間ほど登ってようやく雪渓へ。雨も降っていたので滑りやすい。携帯した軽アイゼンが役に立った。弟は持ってこなかったので、片方づつ分けて装着したのだが、それでも歩きやすさに雲泥の差がある。

2009hakubadaisekkei2 雪渓の中腹でシンガポールから来たという中国系の人2人とすれ違った。途中で道が判らなくなり引き返してきたらしい。確かに初めてで周辺に誰も歩いていないようだったら僕でも引き返すかもしれない。

今から登るのか?と驚かれたのだが、そんなに時間が無い訳ではないんだが。たぶんルートを知らないんじゃないかと弟と話していた。

2009hakubadaisekkei2009hakubatozandou  やがて雪渓を渡りきり、ガレ場の登山道へ。以前の道は土砂崩れで使えなくなっており、急遽脇に道が新設されていた。この道を見つけるのに少々手間取った。これでは外国人には難しいんじゃなかろうか。

急ごしらえの道らしく傾斜がひどく歩きにくい。ゆっくりと登っていく。そのうち雨は止み、雲の間から周辺の山が見え出した。小さいが青空も少しのぞいている。周辺も少し明るくなり、真っ赤に染まったナナカマドが映えて素晴らしかった。

2009hakubananakamado 新設の道でだいぶロスしたようで、この辺りで時間は3時を周ってしまった。陽は日に日に短くなってきているので少しペースを上げた。息を切らすトレッキングはあまりやりたくはなかったが。

白馬岳山荘に到着したのは5時前だった。周囲は全く何も見えない。明日の天気もこんな感じだろうか。

白馬岳山荘に宿泊した登山客は僕たちを入れても10人いなかった。日本一の収容人数を誇る山小屋だけに返って持て余してしまい、少々寂しい。2階の個室状に分けられた部屋が丸々貸切だった。

2日目へ続く。

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2009年4月14日 (火)

2008年 ネパール カトマンズ散策

トレッキングから戻った後のこと。

友達が親子二人でネパールへ観光に来てくれたので案内することになっていた。

カトマンズの空港出口まではまでは二人だけだったのでちょっと心配だったが、無事に合流することができてひと安心。

Kalapatthar2008001_137Kalapatthar2008001_134Kalapatthar2008001_138   前半はカトマンズ観光。まずスワヤンブナート、ボダナートを周る。2年ぶりだ。多少整備されてきているようだが、あまり変化がない。スワヤンブでは丁度夕方のお勤めがあって見学することができた。

Kalapatthar2008001_155_2Kalapatthar2008001_146_3  次にネパールの学校を見学したいとのリクエストで、市内の私立小学校を訪れた。中流階級くらいの子供たちが通う学校だ。日本のそれとは比べるべくもないが、結構しっかりした教育がされているようだった。校長室でジュースとお菓子を供されて、代表の子供たち3人が僕たちの前でダンスを披露してくれた。伝統的なものや、最近流行っているインドから伝わったらしいものまで、恥ずかしがらずにものすごく上手に踊ってくれる。普段家でも練習しているのだそうだ。

その後昔のカトマンズの王宮だったダルバールスクウェアへ。400年くらい前の建物がそのまま残っていて、今も使われている。

Kalapatthar2008001_170Kalapatthar2008001_159Kalapatthar2008001_163   クマリの館も覗いた。クマリは有名で知っている人も多いと思うが、市内から一人選ばれて、13~4歳くらいまで生き神として奉られている子供の事だ。偶然選ばれたら子供のうちはずっとこの館に住んで出られない。教育係や、自由に出入りできる友達もいるそうだが、何か不憫に感じてしまう。丁度夕方5時、一瞬だけ顔を出してくれた。カメラ禁止なのが残念。

Kalapatthar2008001_174Kalapatthar2008001_178Kalapatthar2008001_179   ダルバールスクウェアからアサンの方へ歩いていく。アサンはカトマンズの台所のようなエリアで、小さな露天や食品、日用雑貨などひしめき合っている。いつも人でごった返している慌しい所だ。

個人的には観光地よりも、こういう下町界隈を見てもらいたいと思っている。その土地で生きる人々の営みを肌で感じ取れるからだ。そして人間環境や文化が変わっても、あまりやることは変わらないのだということを、知って欲しいと思う。そうすればささいな差別意識などなくなると思うのだ。

翌日は偶然市民のストライキに当たってしまい、一日休まざるを得なくなった。この日は脈診だけでほとんど判ってしまうチベット医学の先生に体を診てもらった。体を壊していた訳ではなく、自分の今のコンディションを教えてもらえるからだ。

僕はまず第一声、「ストレス」。次に低血圧で冷え性。ストレスは意外だった。あまり意識してないが、外に出るといつも気を使っているらしい。まあ確かに仕事から家に帰ってくると、ぐったりしてしまうことがあるが、誰でもそうだよね?

生ものとバナナ、コーヒーを控えろとも言われた。残念だがコーヒーは中毒なので、今更止められないし、やめないぞ。ちょっとショックだ。

友達もいろいろ言われて思い当たる節があったようだ。

診察は無料で、処方箋をもらって隣にある薬屋で薬を購入する。だいたい500円くらいだ。全てチベット医学に基づいた薬草を粉にして混ぜて固めただけのもので、噛んで飲まなければならず最初は抵抗があったが、慣れれば結構いけるようになった。

この日は一日無駄になったと思ったが、思わぬ収穫で喜んでもらえたようだ。

翌日、僕たちはバスでポカラへ向かった。

つづく

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2009年3月23日 (月)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 11~16日目

Kalapatthar2008001_74Kalapatthar2008001_85  11日目。この日の朝が最も辛かった。頭痛と気持ち悪さとだるさのトリプル攻撃。風邪に加え寒さと高度の負担でなかなか寝付けなかったからだ。
僕が寝た部屋の窓は内側までガチガチに氷が張り付いていたので、外がどれだけ冷えていたか想像に難くない。その寒さの中で少しでも眠れたのはsekiさんからいただいた解熱剤のおかげだった。今回どれほど助かったか知れない。
何とか朝食を済ませ、身支度をしてロブチェへ向かって歩き出す。日差しが当たってくると、現金なもので調子も良くなってきた。この日から下山にかかるという心理的な影響もあったと思う。
Kalapatthar2008001_86Kalapatthar2008001_93  帰りはあっという間にロブチェ着。小休止して再び歩き出し、お昼にトゥクラ着。体調も徐々に回復してきている。降っていくにつれ酸素が多くなっているので体の負担も軽くなっていくせいだろう。とはいえまだ4300m付近だが。
途中でガイドのペマさんがロブチェピークを指差して「人が登っている」と教えてくれた。
巨大な山の雪渓に針の先くらいに3つほど点が見える。それが人らしい。教えてもらって目を凝らさなければ、肉眼ではとても気付かない大きさだ。ペマさんはよく見えるらしい。
試しに僕のデジカメで、サイズを大きくして撮影してみた。プレビューの画像を拡大してみると、たしかに雪の上をロープを伝って登っていくパーティーが見えるではないか。ロブチェピークって登れるんだ。
Kalapatthar2008001_95Kalapatthar2008001_97  数日前にディンボチェピークを登ったときにも、ペマさんはチョー・ラ(カラパタールとゴーキョを繋ぐ峠)を歩いているパーティーを見つけて教えてくれたものだ。
こちらに住む人々は本当に視力がいい。
トゥクラを出ると、急な降り坂から徐々になだらかな歩きやすい道に変わり、ヤクの群れを見ながらのんびりロブチェへ歩く。3時頃に到着。いつの間にか体調は良くなっていた。我ながら現金な体である。

Kalapatthar2008001_107Kalapatthar2008001_114  12日目。ロブチェからタンボチェまで一気に降る。タンボチェ手前で少し登り坂になるのだが、風邪で体力が落ちたせいか僕にはかなりしんどかった。やはりゆっくりとペースを落として遅れて到着。
大事をとって寝るまで宿の談話室から外には出ないようにした。
しかし、僕が談話室で暇を持て余している頃に隣にあるタンボチェの寺院では夕方のお勤め(お祈り)をやっていて、sekiさんとのんちゃん達は出かけていったのだが、なんとお坊さん達と一緒に記念撮影もしてもらえたそうだ。あー行けばよかった!

Kalapatthar2008001_121Kalapatthar2008001_123  13日目。体調はようやく回復。ナムチェまで降る。雲が多いが、時折日差しが射すので快適に歩けた。
タンボチェから降りきった谷底のプンキテンガ付近で、軽装で運動靴、ゼッケンを付けてまるでマラソンランナーの様な姿の一団とすれ違った。
聞くと近日中に毎年開催されている「エベレストマラソン」があるらしい。エベレストBCからナムチェまで、通常は3日かかるところを1日で走ってタイムを競うのだ。
最近はコースが変更されて今回は何とカラパタールからチョー・ラを経てゴーキョ、レンジョ・パスを越えてナムチェを目指すコースだそうだ。
本当だとすると5000m付近をずっと走ることになる。尋常ではない。死者が出てもおかしくはない。
すれ違うランナーは、やはり誰もがチーターのような体つきだ。世界中から猛者が集まっているようだ。
余談だがネパールには常駐しているNHK特派員の女性がいて、年の頃も僕と同じくらいかちょっと若いくらいなのだが、その方がこのエベレストマラソンに毎年走っているのだそうだ。
いったいどんな人だよ、と思っていたが僕は今回のネパール初日に会っていた。高級ホテルで今回のメンバーと食事(だけ)をしたのだが、そのときに隣で偉そうな日本人の方々を案内していた人がその人だった。
思い出しても、高山で走るような人にはとても見えなかった。人間見かけによらないものである。

Kalapatthar2008001_124 14日目はナムチェ滞在。当初は2日に分けてルクラを目指す予定だったのだが、1日でもルクラには行けるため(ちょっと長いが)、この日はナムチェで休憩することになった。

Kalapatthar2008001_128 15日目。ルクラへは長い道のりだった。来た道を戻っているのだが、3日かけて歩いた道を1日で歩くと「こんなに長かったっけ?」という思いが度々起こる。
途中休憩したロッジでは、別のツアーの日本人の団体が先に休んでいて、その中の一人に何と同じ県内で知っている場所に住んでいる方にお会いした。
8時間かけてやっとの思いでルクラに着いたときは、何というか物凄い達成感に包まれた。
宿は食事も良く部屋も快適だったので、文明の力のありがたさを身に染みて感じる。この宿はシェルパの老夫婦が営んでいるのだが、年の功がかもし出す雰囲気の談話室が、なかなか快適で気に入ってしまった。
この辺りは、普通仏様が部屋の一番目立つ場所に奉られるのだが、ここではヒラリー卿の肖像画が大きく飾られている。
ヒラリー卿は世界で初めてエベレストに登頂した人(諸説あり)なのだが、この人のおかげで「シェルパ」という民族を世界中に知らしめることができたということで、この辺りでは神様に近い位地で敬われているそうだ。

Kalapatthar2008001_130 16日目は最終日。飛行機でカトマンズに戻る。前日は天候が悪く飛行機が飛ばなかったそうで、空港は大混雑でどうなるかと思ったのだが、宿の老夫婦のおじいさん、実は空港の偉い人らしくスムーズに飛行機に乗ることができてしまった。
僕らを乗せたルクラを出た飛行機は、着陸許可がなかなか下りなかったらしくカトマンズ上空をしばらく回っていた。腕時計の高度計を見ると4000mを越えている。ボロいプロペラ機なので気圧調整はあまり効果がなく、結構息苦しい思いをした。
数日前4000mを歩いているときは何とも感じなかったが、低い場所(といっても2700mあるが)から一気に揚がると、改めて大変な場所だったんだと知ることができた。
長く感じたが、そんなには飛んでいなかったらしい。カトマンズの空港に着いたときはまだ朝9時過ぎだった。

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2009年3月 9日 (月)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 10日目

Soh_0577_008Soh_0587_018  10日目。13時間も寝たいたためか、体調もたいぶ良くなったようだ。
今日は今回のトレッキングのメインイベント、カラパタール登頂の日だ。
辛い登りも今日で最後。多少体調が悪くても何とか頂上まで辿り着きたい。
まだ本調子ではないが、結構疲れることなく歩くことができた。登りではすぐに息が切れてしまうのは相変わらずだが。
Soh_0589_020Soh_0001_329  クーンブ氷河に沿って歩き高度を上げていく。途中氷河を横断する箇所があるが、氷河は氷の上を歩くようなイメージではなく、岩だらけの川原を歩いているような感覚だ。
足元の下は氷なのだろうが、あまりに巨大すぎて氷河の上にいるという実感はない。
11時頃にゴラクシェプ(5.140m)到着。早めの昼食を取り、カラパタールへ。
風邪のためか高山病か、足がやけに重い。前日と同じく一緒に歩いている方々には先に行ってもらい、僕は一人でゆっくりと歩かせてもらうことにした。
Soh_0002_330Soh_0022_350  ポーターさんを先に行かせ、同行いただいたガイドのペンマさんがずっと一緒に歩いてくれたのは心強かった。
今回のガイドさんは、英語しか話せないがゲストを常に気にかけて尊重してくれる、笑顔の良く似合う大変親切なガイドさんだった。
ネパールのトレッキングは一人でも行けなくはないが(実際最初の頃は僕も一人で歩いていた)、やはり現地のガイドさんと一緒に歩くと安心感が格段に違う。そして良いガイドさんにめぐり合えたら、さらに素晴らしい思い出を作ることができるのだと思う。
Soh_0013_341_2Soh_0031_358Soh_0036_363   勿論、雇う雇われるの関係を意識するのではなく、こちらのガイドさんを尊重する人間同士の接し方も大事だろう。
先頭に遅れること15分、やっとのことでカラパタール(5.545m)の頂上に到着できた。
天気は快晴で、雲ひとつない絶景が広がっていた。エベレスト、ヌプツェ、目の前にプモーリの巨大な岩が迫っている。
疲労と息切れでしばらく動けなかったが、体調は達成感からか悪く感じない。
息が整うと、まず懐に忍ばせておいた僕の昨年亡くなった祖母の遺髪を、少しだけ撒いた。
僕の祖母はあまり出かけることがなく、10年近く寝たきりで亡くなってしまったので、僕が出かける際はたまに遺髪を持って行っているのだ。
Soh_0038_365Soh_0049_375  僕たちと同じ時期に歩いた日本人のパーティーも同じく登頂しており、その方々の記念写真など撮ってあげたりしてしばらく山頂で過ごした。
陽が傾いてくると、徐々にエベレストに当たる光が赤くなり始め、空の蒼さと相俟って見たこともない幻想的な風景が目の前に現れた。
カラパタール山頂にいた世界中から集まった面々はしばし時間を忘れ、その絶景に魅入られていた。
Soh_0054_379Soh_0056_381  我に返ったのはもう陽が沈んで薄暗くなりかけた頃だった。
みんな各々ヘッドライトを点けて名残惜しくゴラクシェプへ戻った。
この日の夜は今回の旅で最も体調が悪かった。5000mを超えた場所で宿泊するというのは体力的にも結構きついらしい。まして風邪を引いている。
Soh_0060_384Soh_0071_394  翌朝にカラパタールへ登ると言う案があったが、この体調ではとてもではないが登れない。今日中に登って良かったと心底思った。
11目に続く

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2009年3月 6日 (金)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 9日目

Soh_0530_041Soh_0539_050  9日目。風邪は昨日のまま良くはなっていない。酷くなるよりはましだが。

なるべく厚着をしてマスクをし、出発する。谷間なので日差しが入るのが遅い。日が差すまでは、マイナス10℃の寒さの中を歩かねばならない。風が無かったのが救いだった。

しばらくフラットな道を歩き、少し上り坂になってクーンブ氷河の直下の橋を渡った先のトゥクラ(4.593m)に昼前に到着。

Soh_0560_071Soh_0555_066 簡単な昼食を取り、ここから急な上り坂にさしかかる。低地であれば大した登りではないのだろうが、数歩歩くごとに息が切れる高地にあっては上の峠まで遥か彼方のように感じる。

とにかくペースを崩さないようにゆっくりと歩く。風邪のせいもあったので、他の人達は先に行ってもらい、僕だけさらにゆっくりと歩かせてもらった。

Soh_0561_072Soh_0563_074  たっぷり2時間ほどかけて、ロブチェ手前、氷河の取り付き辺りの峠に到着した。この辺りはモニュメントが林立していて、たくさんの石も積まれているのでさながら賽の河原のような風景になっている。エベレストなどの高地で亡くなった、シェルパ族のお墓なのだそうだ。お墓と言っても遺体が無いものが多いらしい。遺体は山頂近く7~8000m付近にそのまま放置されているのだそうだ。

Soh_0567_078Soh_0568_079  引き上げるにも空気が薄くてヘリは飛ばせず、他の登山隊もギリギリの装備で行くため持ち帰れないので、遺体を取りに行くには最低2000万円はかかってしまうとのことだった。

実はエベレスト山頂付近はそんな登山者の遺体が多く転がっているという(一説には1000体以上)。局地なので風化せず、そのままの形で。

最近建てられたモニュメントには、何と日本人の名前が記されていた。

ロブチェ(4.930m)に到着後、体調がさらに悪くなり寝込むことに。夕食もそこそこに早く寝てしまった。だが症状は風邪だけで、高度障害が無くて本当に良かった。ダブルで来ていたら身動き取れなかっただろう。

夕方、夕日に映えたヌプツェ(7.855m)が素晴らしかったらしい。それを見られなかったのが残念だった。この日は13時間寝ていた。

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2009年3月 1日 (日)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 7、8日目

Soh_0372_143Soh_0384_155  7日目。この宿では珍しくガスのシャワーが入っていた。
ここから先は体を洗う場所が無いので、昨夜寒かったが無理して浴びたのだが、熱いお湯が出たが水の供給が良くなかったらしく途中で止まってしまった。
しかも体を洗っている最中に!どうやら水の入る場所が1ヶ所しかなく、誰かが使ってしまうと止まってしまうしくみのようだ。
Soh_0386_157Soh_0389_160  声をかけて少し待ってもらったのだが、そうこうしているうちに体が冷え切ってしまった。
朝起きたら少し体調が悪い。風邪かもしれなかったのでいつもより厚着をして出発。
もうこの辺りまで来ると背の高い木は全然見かけない。
大きな深い谷に沿った道を辿りながら少しづつ高度を稼いでいく。
気付けば右手のアマダブラムも形がずいぶん変わっている。見る角度で全く印象が違う山だ。
放牧されているヤクの群れと時々すれ違いながら、昼過ぎにペリチェ(4.252m)到着。
ペリチェの手前には川が流れており、以前は橋がかかっていて村が見えてから簡単に辿り着くことができたのだが、今は流されてしまってだいぶ下流にある橋まで周らなければならかくなっていた。
Soh_0410_176Soh_0451_210  ペリチェは6年前と比べるとだいぶ宿が増えていた。僕たちが泊まった宿は中でもいちばん豪華そうな宿に宿泊。
ダイニングルームも快適で食事も美味しかったが、電気が来ているのに部屋の電気が付かなかったり2階のトイレの水が流れなかったり。まあ慣れているので不便は感じなかったが。
Soh_0489_110Soh_0502_122_2 8日目。この日も高度順応で同じ場所に宿泊する。
一日宿に滞在するのも退屈なので、ペリチェの裏にあるディンボチェピーク(4.900m)へ登ることになった。
前日寒かったせいか少し風邪を引いたようだ。体を休めることも考えたが、高度順応のために多少無理してでも登った方がいいだろうと思い出発。
かなり急な坂ではあったが、見た目はすぐ近くにあったので簡単に登れるだろうと多寡を括っていた。
Soh_0511_131Soh_0510_130  けれども歩けど歩けどなかなか到着しない。高度が高いのですぐ息が切れるし、空気がクリアなせいか距離感が全くつかめなかったようだ。
お昼までには往復できると思っていたが、ようやく頂上に到着できた頃だった。
ディンボチェピーク頂上は、流石に素晴らしい展望。6~8000mのヒマラヤの峰々がぐるっと取り囲むように見渡せる。カラパタールまで歩けなくても、ここまでのために来る価値はありそうだ。
Soh_0522_142 だがどうも無理しすぎたようで、この日の夜から風邪が悪くなってしまった。
歩けない程ではなかったので、風邪薬とビタミン剤を飲みながら騙し騙し歩くことにした。
前夜借りたブランケットが薄かったので、それが良くなかったらしい。次回からは暖かいシュラフを買って持って行こうと思う。

9日目に続く

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2009年2月23日 (月)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 5、6日目

Soh_0211_301_2Soh_0200_290_2  5日目。今日から森林限界を超えエベレストも見える道を歩く。ナムチェを過ぎてから、ようやくトレッキングも本番になる気がする。

しかし、この日はあいにくの曇り空。午前中はしばらく深い霧の中を延々と歩く。時折ヤクのキャラバンとすれ違うので、ここがヒマラヤなんだという実感が湧いてくる。この辺りは比較的フラットな道なので楽だ。晴れていれば、歩きながらエベレストを中心にしたヒマラヤの山々が取り囲むように見える道なのに、何とも残念だ。

途中、トレッカーに募金をお願いしているお爺さんと出会った。この人は去年もいた。ここで集めた寄付金で、道を歩きやすく整備しているという。初めて会ったときは疑ったが、実際去年より結構な距離が綺麗になっていたので、嘘ではないようだ。でもこのペースでは道を全部きれいにするまで、2,30年はかかりそうなのだが。

Soh_0220_310Soh_0223_313  途中キャンジュマで少し休憩し、すぐ先のゴーキョへ行く分岐を今度はカラパタールの方へ向かう。この辺りもラリグラス(シャクナゲ)の林が茂っている。春はとても綺麗に違いない。

この辺りから学校から帰る子供達と一緒に歩き(早い下校だな)、プンキテンガ手前のロッジで昼食。巨大な岩の見える橋(ゴーキョの谷の川だ)を渡り、ここからひたすら急登。

高い標高のせいか息が切れるのが早い。ゆっくりゆっくり登っていく。

Soh_0230_320Soh_0232_322  3時間ほど登っただろうか。夕方4時頃、宿泊地タンボチェ(3.860m)に到着した。ハイシーズンだけに結構人が来ていて、テントも多くロッジの談話室もいっぱいだった。この日は一緒に歩いているsekiさんと同室に。

落ち着いてからお寺に散歩へ出かけてみた。天気も回復してきている。北を見たらエベレスト、ローツェ、アマダブラムが赤く染まりつつあった。

Soh_0254_331Soh_0268_338  タンボチェはこの辺りでは最も大きい寺院がある場所で、僕たちが行った時は丁度夕方のお祈りをしている時だった。しばらく後ろで聞いていたが、妙に居心地が良く落ち着けたのは何故なのだろう。

6日目。どんどん奥に歩いていく。前日とは打って変わって快晴。アマダブラムを見上げながらの気持ち良いトレッキングとなった。

Soh_0291_225Soh_0301_234  タンボチェから少し降り、尼僧院を左手に見てフラットになった道を歩く。しばらく行くと深く切れ落ちた谷にかかる橋で対岸に渡り、ここから少し急な上り坂になる。タンボチェの手前ほどではないが、高所なので結構しんどい。

時々ストゥーパを見ながらゆっくりと歩いていく。

Soh_0323_252Soh_0338_263Soh_0345_270   宿泊地パンボチェ(3.930m)に着いたのは昼過ぎだったが、無理に進まずここで宿泊。

時間的にはこの先のペリチェまで行けるが、高度順応もしながら歩かなければならないので無理は禁物なのだ。

まだ行ける、と思って行ってしまうと、着けるだろうが、その日の夜に高度障害に苦しむはめになるからだ。

Soh_0357_279 天気は完全に回復したようだ。ヒマラヤは天気の谷が来る度に冬になっていくので、次の谷が来る前にカラパタールに行きたいと、少し雲がかかったまま夕日に赤く染まっていくエベレストの峰々を見ながら思っていた。

7日目に続く。

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2009年2月 6日 (金)

2008年 ネパールトレッキング カラパタール 1~4日目

Soh_0003_511 何だかんだで2月になってしまったが、10月30日から12月7日の約1ヶ月半、ネパールに行って来た。今回のトレッキングはエベレスト街道と呼ばれるカラパタールへのトレッキング。

今年もネパールで日本人が経営している観光会社、NJSトレックのスタッフとツアー参加者の皆さんと同行する形で歩かせていただいた。

NJSの方々とは友達で、僕が経営する「ネパール・ヒマラヤ雑貨専門店 カラパタール」の取引先の方でもある。僕も窓口をさせていただいているので、まあスタッフのようなものなのだが。

参加者の方の一人は前回も一緒に歩いた方で、群馬にもスタッフの方々と集まっていただいて宴会したという仲だったので、堅苦しい感じは全く無い。仲の良い友達同士が集まっている感じで、とても楽しいトレッキングをさせていただけた。

下山してからは、また別の友達と合流してネパールの観光地を案内した。

長くなりそうなのでトレッキングと下山後の観光と、何回かに分けて更新しようと思う。

ネパールに到着してからトレッキング出発まで中一日しかなかったので、旅行用とトレッキング用とに身支度などをしながら過ごしたらすぐ出発日になってしまった。慌しくルクラ行きの飛行機に乗り込む。

Soh_0021_460Soh_0014_455  去年のように散々待たされたことはなく、今回は定刻どおりにルクラへ出発。

毎年のことながら、この飛行機は怖い。だいぶ使い古したプロペラ機だし、ルクラの空港は短くて谷間にあり、谷と平行に作ればよいものを直角に縦に作っているものだから、着陸時は壁に向かって突っ込んでいくし、離陸時は断崖の谷間に向かって突っ込んでいく恐ろしい空港だからだ。急な坂を利用して、減速と加速をするらしい。

まあパイロットにとっては毎日何度も飛んでいる航路なので難しくはないそうなのだが。

Soh_0036_474Soh_0037_475 1年ぶりのルクラは、また少し大きくなった感じがした。マオイストの件が落ち着いたため、大したチェックも受けずに身支度をして出発。

ナムチェへの街道も、少しづつではあるが整備されてきている。

途中、道端で日本人の女性が近くで採れた林檎を売っていた。聞いてみると、世界で初めてエベレストに登った女性、田部井淳子さんが支援した農園が近くにあって、丁度収穫のイベントがあったので宣伝も兼ねてここで売っているのだそうだ。

Soh_0055_490Soh_0056_491  そういえばネパールへ行く飛行機の中で田部井さんが僕の席の斜め前に座っていた。すぐにカトマンズに戻ってしまったそうだが、ここのイベントに来ていたらしい。

一日目、パクディン泊。毎回使っている宿だが、経営者が変わったそうで、部屋もトイレも清潔だった。さらにガスを使ったシャワーまで完備されていてとてもありがたかった。

Soh_0070_504Soh_0072_506  贅沢は言えないが、これまでネパールで使ってきたお湯を溜め込むシャワーやソーラー式のシャワーのように、お湯が終わったり冷たくなったりしないので、本当に安心して浴びることができる。

考えてみたら、ガス式のシャワーを浴びるのは10年ネパールに来ていて初めてだった。毎年進化してきているんだなあ。他のロッジよりは高かったけど。

2日目は街道沿いの小さな集落モンジョ。お昼には着いてしまった。時間的には次の大きな町ナムチェに行けるし、ガイドブックのもそう書いてあるしほとんどのトレッカーはナムチェに行ってしまうのだが、僕たちは敢えてここに宿泊した。

Soh_0082_401Soh_0104_420  高度順応のためだ。高度に慣れていない状態で、たった2日で3400mのナムチェに行ってしまうと、高山病にかかってしまうリスクがとても高くなってしまう。万全を期してカラパタールを目指すのだ。でも時間を潰すのがちょっと面倒ではある。

Soh_0081_400Soh_0122_433Soh_0172_384   3日目にようやくナムチェ。途中ラージャブリッジという怖い橋を渡り、急な坂を息を切らせながらゆっくりと登る。

エベレスト街道の玄関口に当たる街で、世界中のトレッカーが集まってほとんどがこの街をベースキャンプとするので、こんな山の中にも関わらずどんどん大きくなっている。大きなロッジと商店街、電気が当たり前のように使え、インターネットだって出来る。携帯電話まで使える。

車道は無く移動手段は歩きだけ。ふもとの街に出るまで歩いて1週間以上はかかる山の中にだ。初めて来た人は驚くだろう。それだけこのエリアには外貨が入ってきているのだ。

Soh_0182_392Soh_0199_359Soh_0179_390   高度順応のため、ここにまた2日滞在する。翌日は雲っていて時折小雨が降っていたが、それぞれ思い思いに一日を過ごした。参加者の一人、「のんちゃん」が軽い高山病にかかり、少し心配だったのだが、翌日にはだいぶ良くなったようだ。僕も夜になって少し便秘気味になったり頭痛と貧血の症状が出たが、深呼吸をしたり無理しないように体を休ませていたら次第に治って来た。

油断しないように、体調管理をしっかりすることが、高度順応のコツなのだろう。

5日目に続く。

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2008年10月14日 (火)

北アルプス 槍ヶ岳~穂高岳縦走 3~4日目

Soh_0098_001Soh_0113_013  朝、物音で目が覚めると向かいの人が身支度を始めていた。空を見たら、うっすらと明るくなってきている。前日の疲れからか、夜中に目が覚めることもなくずっと眠っていたようだ。

気持ち悪さも治り、気分も上々。疲れも無い。足がまだちょっと痛いが。

もしまだ気分が悪ければ、このまま同じ槍沢を戻るつもりだったが、天気も良いみたいだし、予定通り行くことにした。

Soh_0128_026 朝日を見るために外へ出る。結構風が強い。気温も8度そこそこ。浅間山の右手から太陽が昇ってくる。

上田辺りが雲海で綺麗だったが、常念岳が遮っていたので期待していたほどではなかった。常念の山頂は良い感じだっただろう。

Soh_0130_028Soh_0131_029  小屋に戻り朝食。昨日喉を通らなかったのでおなかが空いていた。昨日とは対照的におかわりまでする。これなら今日は大丈夫だろう。

荷物をまとめ、入口でドリップのコーヒーをいただいた。僕は毎朝コーヒーを飲む習慣があるのでとてもありがたい。またここでは無料でインターネットが使える。

Soh_0135_033Soh_0137_035  7時前に出発。すぐに急斜面を降る。クサリ、ハシゴが続き、足場も悪いので慎重に通過。降りきったところから今度はのこぎりのような稜線をアップダウンの連続で通過する。

この辺りは道幅が狭く、7割は岩場を歩くのでかなり時間を割いた。所々足場の怪しい場所もあるし、何よりスパッと切れ落ちている斜面をクサリで通過するのだから高度感が物凄い。高所恐怖症の人は立ち往生しそうな場所がいくつかあった。

1ヶ所足場が見つからないところがあって、腕力にものをいわせて無理やり降りたのだが、すぐに足が引っ掛けられたから良かったものの、あそこがもし無ければ冷や汗ものだった。

Soh_0143_041Soh_0145_043  信州川も岐阜側もスパッと切れ落ちているナイフのような稜線の上も何度か通過し、2時間ほどでA沢のコルに到着。

休めそうな場所はここしか無いため、ザックを降ろして小休止。見上げると北穂高岳が物凄い威圧感で聳えている。本当にこんなところに道があるのかと疑いたくなるほどだ。

Soh_0148_046Soh_0149_047Soh_0156_054   よくもまあこんなところに道を作れたものである。道を作るためにルートファインディングをどうやってやったのかなど想像もつかない。

実は僕が中学2年生の頃にここを歩いたことがあるのだが、こんな道を歩いていたのかと正直驚いた。当時は霧が舞っていたので高度感が無く、ここまで難易度の高い岩場だとは思わないで歩いていたのだ。父もよく連れて行ったなあ。知らなかったからか?

15分ほど休んで出発。いきなり壁に張り付いてよじ登っていく。3点支持で慎重に。

Soh_0151_049Soh_0153_051Soh_0155_053   この辺りから左膝の痛みがひどくなってきた。なんとか騙し騙し歩いてきたが、登りも降りも痛くなり、曲げることも辛くなるほどになってしまった。

それでも何とか歩かねばならない。なるべく左膝をかばいながら登るが、時間は普段の倍くらいかかってしまった。

斜面は明らかに45度を超えている。僕は落とすことはなかったが、もし上を歩いている人が小石をけって落としてしまったら大怪我をするだろう。確実に避けられるという自信はない。今度来るときは簡単なヘルメットを持って行こうと思った。だが不思議と高度感はあまり無い。麻痺しているのか?

Soh_0158_056Soh_0163_061  左足をかばいながらヒョコヒョコと登り、11時過ぎにようやく北穂高岳山頂(小屋)(3.106m)に到着した。

本当にオアシスのようだ。ここは北穂山頂の小さな隙間に無理やり建てたような小屋で、テラスからの景色はまさに絶景だ。この日は快晴だったので北は遥か白馬岳、南は富士山まではっきりと見える。写真に収めると逆に面白味が無いかもしれないが。

早速空いているテラスに弁当を広げ昼食。歩いてきた者にしか味わえない満足感が襲う。しばらく足の事など忘れ、ぼんやりと景色を眺めながら食事をしていた。

Soh_0170_067Soh_0171_068Soh_0175_072   と、ここで先に到着していた女性の登山者から写真をとってもらうように頼まれた。この人は槍沢ロッジで見かけた人だった。聞いてみたら槍ヶ岳には登らなかったものの、同じコースを歩いてきたらしい。東京の方で、単独行だそうだ。上高地へは直行のバスが出ているのだそうで、他の山より行きやすいらしい。それでも大キレットを女性一人で何事も無く歩いてきたのは凄い。僕なんか足壊したし。

Soh_0167_064Soh_0179_076Soh_0177_074   しばらくゆっくりしたかったが、翌日の事も考えて早めに下山することにした。本当は奥穂高岳へ縦走し、前穂から紀美子平経由で上高地へ歩きたかったのだが、足がこれでは断念せざるをえない。今日は涸沢か行ければ横尾で泊まろう。

ここからが大変だった。涸沢岳への分岐から急な下り坂に変わり、岩場も多かったのでストックも使うことが出来ず、膝の激痛に絶えながらの下山となった。

とにかく曲げれば痛いのだ。なるべく曲げる方を右足に使って、左足を先に出して一歩づつ歩く。使いすぎて右足も痛み出したらアウトなので、歩幅も狭くゆっくりと。

庇いながら歩いたせいか、半ば辺りから両足の指が痛み出してきた。前に詰まって爪が押され、剥がれかけてきたらしい。

でも人間凄いものである。両方が同時に痛く感じることはないのだ。どちらか痛みの強い方が優先されるらしい。

何とか耐えて、3時丁度に涸沢に到着。ガイドでは2時間と書いてあったが着ける訳が無い。万全な状態でも怪しいものだ。

Soh_0187_083Soh_0189_085  涸沢ヒュッテでまずは休憩。喉が渇いていたのでラムネをいただく。連休前日の金曜日なのでかなりの登山客が訪れていた。

ラムネを飲みながら迷う。ここで泊まってしまうか。あと2時間ほど歩いて、横尾まで行ってしまうか。足のためにはここで泊まった方がいいのだが、横尾の方がお風呂はあるし、翌日上高地へは平地なのでかなり楽だ。足の痛みを翌日に持ち越すよりは、大変でも今日中に行ってしまった方が良いのではないか。

Soh_0190_086 そう思った僕は、痛かったが無理してでも横尾を目指すことにした。20分ほど休んだせいか、膝の痛みは幾分良くなっていた。代わりに今度は足の爪が痛み出す。ちょっとでも足を石に引っ掛けようものなら悶絶ものだ。杖も使えるようになったので、一歩づつ慎重に歩く。

こういうとき、すぐ着くような道でも遥か彼方のように感じるものだ。もうすぐだと思ってもなかなか到着しない。ようやく横尾に着いたのは、辺りも薄暗くなり始めた6時過ぎだった。

南岳小屋から北穂経由で横尾まで。今日は11時間以上も歩いてきた訳だ。文字通り満身創痍だった僕は、小屋の廊下を歩くのもヒョコヒョコしていたらしく(自分では自覚が無かったが)、小屋の人から心配されたりもした。

横尾山荘は、最近建て替えたばかりの小屋で、混雑していたものの他の小屋と同じ料金でまるでホテルのような快適さだった。寝室は寝台列車のように敷居がされていて個室のように寛げる。食事も美味しい。談話室も広く快適。なによりお風呂が凄くて、ジャグジーまで付いていてまるで温泉のようだった。無理して降りてきたのは大正解だった。

落ち着いてから、サポーターの代わりに膝に付けていたテープを剥がしてみた。・・・膝の裏側全体が血だらけだった。擦れていても他の痛みで気付かなかったらしい。持ってきた絆創膏全部使って特に酷いところを塞いでみたが、とても塞ぎきれない。幸い明日は簡単な平地を3時間ほど歩くだけだ。横尾まで降りてきて良かったと心底思った。

4日目は早めに出発してゆっくりと上高地を目指した。天気は雨。体調が良くても奥穂へ行かなくて正解だったわけだ。

こんな雨の中、僕のような帰る登山者はまばらだったが、これから登る登山者の列は徳沢辺りからなんと河童橋まで2時間以上、ずっと切れることなく続いていた。間違いなく1000人は超えている。この日の山小屋の事を想像しただけで気が重くなった。休日にはなるべく行くべきじゃないな・・・。

自分としてはあまり意識していなかったのだが、結構ぎこちない歩き方をしていたらしく、他の登山者から「大丈夫ですか?」と度々声をかけられた。そんなに大変そうに見えたのだろうか?

帰りはスムーズに駐車場まで戻ることができ、車も流れていたので休み休み帰るつもりが一気に下道で帰ってしまった。

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